錦部姉継
経歴
桓武朝の延暦5年(786年)正月、その前年の11月の安殿親王(のちの平城天皇)の立太子に合わせて、无位から従五位下に叙爵される。その後、同7年(788年)2月、従五位上に昇叙。同時に无位から従五位下に昇叙された安倍小殿堺・武生拍とともに「皇太子の乳母なり」と記されている。『後宮職員令』に、「およそ親王、及び、その子には、みな乳母を給うこと。親王には3人、その子には2人」とあり[1]、この時叙位された3人は安殿親王に給された乳母である。
その後の事績については知られていない。
脚注
- 『後宮職員令』17条「親王及子乳母条」
This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.