鏡王
概要
各種史書に鏡王に関する記録は少なく、経歴は詳らかでない。『日本書紀』の記載から娘に額田姫王がいたこと、『威奈真人大村骨蔵器』に刻まれた墓誌に大村が威奈鏡公の三男である旨の記載があることから、臣籍降下して威奈公の氏姓を称していたこと、および息子に威奈大村がいたことが判明している。
氏の「イナ」(偉那、為名、韋那、猪名、為奈)の呼称は、摂津国川辺郡為奈郷(現在の兵庫県尼崎市東北部)に由来することから[2]、同地に居住していたか。
系譜
脚注
- 『新撰姓氏録』右京皇別,摂津皇別
- 佐伯[1994: 65]
- 鈴木真年『百家系図』巻59,為奈真人姓
- 『日本書紀』天武天皇2年2月27日条
- 『威名真人大村骨蔵器』墓誌
This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.