長岡市立互尊文庫

長岡市立互尊文庫(ながおかしりつごそんぶんこ)は長岡市立図書館の分館。長岡市初の公共図書館であり[1][2]1987年(昭和62年)の中央図書館完成後は地域館(分館)となった[3]

坂之上町の建物内にあったが2023年(令和5年)2月28日でいったん閉館し、同年7月に複合施設「米百俵プレイス ミライエ長岡」内に移転した[1]

歴史

1915年(大正4年)10月に長岡市の野本恭八郎(野本互尊)が大正天皇即位を記念して「大正記念互尊文庫」を創設して、その図書館の建設費と維持費を寄付することを長岡市に願い出た[3][4]

長岡では市制施行前の1904年(明治37年)に日露戦争戦勝記念として「戦勝記念長岡図書館」が設立されていた[4]。その後、友共社が運営していた図書館(1894年発足)を合わせ、1909年(明治42年)に長岡市教育会が「戦勝記念長岡図書館」の運営を引き継いで「長岡図書館」(私立)に改称していた[4]

野本恭八郎の図書館創設を長岡市会が承認すると、長岡市教育会は「長岡図書館」のすべての図書を寄贈し、このほか多くの寄贈図書を受け入れて1918年(大正7年)4月に「大正記念長岡市立互尊文庫」が開設された[4]。開館時の蔵書数は30,708冊であった[4]

1936年(昭和11年)の全国主要市立図書館の統計では、閲覧者率が全国1位、蔵書冊数が全国2位だった[4]。しかし、1945年(昭和20年)8月に一部書庫を残して全館を焼失したが(長岡空襲[4]、内藤伝吉の寄付などにより再建された[3]

旧互尊文庫

移転前の互尊文庫(2021年5月)

坂之上町の建物は1967年(昭和42年)に建てられ、1987年(昭和62年)の中央図書館完成後は地域館(分館)となった[3][4]。この1967年竣工の長岡市坂之上町の建物は、2020年(令和2年)にDOCOMOMO JAPAN選定 日本におけるモダン・ムーブメントの建築に認定された[5]

2023年(令和5年)2月28日でいったん閉館し、同年7月に複合施設「米百俵プレイス ミライエ長岡」内に移転することが決まった[1]。蔵書の一部は長岡市内の小中学校に引き継がれ、坂之上町の建物は長岡戦災資料館として使われることになった[1]

移転

互尊文庫は2023年7月22日にオープンした「米百俵プレイス ミライエ長岡」西館3階及び5階に移転し、2024年(令和6年)2月1日に図書の貸し出しを再開した[6]

また、移転前の互尊文庫内に設置されていた文書資料室については、2023年7月に長岡市長倉西町の旧サンライフ長岡内に「歴史文書館」として移転オープンした[7][8]

出典

  1. 長岡市の図書館「互尊文庫」 移転を前にいったん閉館”. NHK (2023年3月1日). 2023年3月6日閲覧。
  2. 学習室で勉強したなぁ…伝統の互尊文庫(新潟長岡市)が閉館、市民「さみしい」”. 新潟日報 (2023年3月5日). 2023年3月6日閲覧。
  3. 互尊文庫”. 長岡市 (2023年3月3日). 2023年3月6日閲覧。
  4. 溝上 智恵子 (1999年). 文化政策からみた公共図書館の社会的機能”. 長岡技術科学大学研究報告 (21). 2023年3月6日閲覧。
  5. DoCoMo Japan「日本におけるモダン・ムーブメントの建築238選」互尊文庫に選定プレートが授与されます”. 長岡市 (2020年12月14日). 2023年3月6日閲覧。
  6. 「米百俵プレイス ミライエ長岡」オープンから半年 互尊文庫の図書24,000冊の貸し出しを始めます”. 長岡市 (2024年1月23日). 2024年5月15日閲覧。
  7. 貴重な古文書を公開、新潟長岡市「歴史文書館」移転オープン”. 新潟日報 (2023年7月11日). 2023年7月12日閲覧。
  8. 郷土の歴史を伝える 歴史文書館が開館」『ながおか市政だより』第825巻、2023年6月、6頁。
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