長江裕明
経歴
1948年、三重県桑名郡長島町で生まれた[3]。幼稚園時代を愛知県瀬戸市で[3]、小学生時代から名古屋で育った[3]。
青山学院大学文学部英米文学科卒業[4]。外務省に入省、3年半で退職[5] 。
1978年4月、コンクリート製外洋ヨットの自力建造に着手した[6]。
1981年7月13日、世界一周に向けて親子3人[注釈 1]と乗組員2人で愛知県の常滑港を出航した[7]。25か国[9]、100の港[9]に寄港、約6万km[9]の航海を経て[注釈 2]、1986年4月13日、愛知県の蒲郡港に帰港した[10][11][9]。イギリス、アメリカなどで名誉市民賞を受けた。チャールズ3世(当時皇太子)と面識があり、プライベートで招かれた。
1988年、ベスト・ファーザー イエローリボン賞を受賞した[12]。
1989年から1992年にかけて、キャンピングカーで、カナダ、アメリカ、ヨーロッパ、アフリカなどを周った[13][14]。走行距離は約19万kmになった[14]。
1995年、名古屋市に「キャプテンズダイナー / 地球冒険塾事務局」を開設した。また、名古屋工業大学大学院非常勤講師、テレビ、ラジオ、雑誌のレポーターを務めた。
2000年、心臓弁膜症を発症したが、2002年、生体弁を移植手術して回復した[8]。
出演番組
- 野遊大全(CBCテレビ)
- 月下暇人(CBCテレビ)
関連書籍
脚注
出典
- 『現代物故者事典2009~2011』(日外アソシエーツ、2012年)p.423
- 朝日新聞・東京版(朝刊)、2009年2月18日、29面『長江裕明さん死去 : 「エリカ号」親子で世界一周 : 60歳』。
- 自著『地球少女エリカ』 1986, p. 25.
- 自著『地球少女エリカ』 1986, p. 奥付.
- 朝日新聞・東京版(朝刊)、1980年7月1日、3面『長江裕明 : コスモポリタンをめざして世界を回るためヨットを造った』。
- 自著『地球少女エリカ』 1986, p. 26-28.
- 自著『地球少女エリカ』 1986, p. 29.
- “【訃報】長江裕明さん死去=手作りヨット「エリカ号」で親子世界一周”. 時事ドットコム : 時事通信社. 2009年2月17日22:52配信。2009年2月18日閲覧。
- 朝日新聞・東京版(朝刊)、1986年4月14日、22面『お帰り!エリカ号 : 世界1周、4年9カ月ぶりに帰国』。
- 自著『地球少女エリカ』 1986, p. 192.
- 自著『地球少女エリカ』 1986, p. 243-245.
- 朝日新聞・東京版(朝刊)、1988年6月10日、30面『「すてきな父」に5氏』。
- 朝日新聞・東京版(夕刊)、1989年5月22日、14面『「エリカ号」一家、今度は陸の旅 : アラスカ→ヨーロッパ』。
- 朝日新聞、1992年11月28日・東京版(朝刊)、東海総合面、21面『陸路で地球半周』。
- 自著『地球少女エリカ』 1986, p. 6-7.
- 自著『地球少女エリカ』 1986, p. 42.
- 自著『地球少女エリカ』 1986, p. 158.
- 自著『地球少女エリカ』 1986, p. 28.
- 自著『地球少女エリカ』 1986, p. 87.
- “さようなら エリカ号”(PDF). 蒲郡市広報紙. 2011年3月号, p.2。2020年5月10日閲覧。
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