開東閣
概要
ジョサイア・コンドルの設計で1908年(明治41年)に完成した。11,200坪の広大な敷地面積を有する。
三菱財閥の第4代総帥、岩崎小弥太が晩年、療養生活を送り、1945年12月2日に当地で亡くなった[1]。
一般公開はされておらず、現在は三菱グループの倶楽部として使われている。周囲は鬱蒼とした森となっており、外部からは建物は見えない。
脚注
- 三菱の総帥、死去(昭和20年12月5日朝日新聞)『昭和ニュース辞典第8巻 昭和17年/昭和20年』p8 毎日コミュニケーションズ刊 1994年
関連項目
外部リンク
- 開東閣公式サイト 関係者のみ専用
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