閘門橋

閘門橋(こうもんばし)は、東京都葛飾区西水元大場川に架かる人道橋および閘門

弐郷半領猿又閘門

地図
情報
用途 橋梁
旧用途 樋門
構造形式 煉瓦造
竣工 1909年
所在地 125-0031
東京都葛飾区西水元
座標 北緯35度47分42.2秒 東経139度51分35.6秒

葛飾区登録文化財、土木学会選奨土木遺産

正式名称は弐郷半領猿又閘門(にごうはんりょうさるまたこうもん[1])。

概要

東京都葛飾区と埼玉県三郷市の都県境界至近に所在している。立地は東京都であるが、埼玉県の弐郷半領用悪水路普通水利組合によって1909年明治42年)に建造された橋長30メートル、幅員3メートル[2]、高さは推定で5.5メートル[3]の上路式煉瓦アーチ橋である。

径間数は上流側は3径間、下流側は5径間と異なる。右岸側は築島部を挟み、後年建増しされた1径間のRCTアーチ橋(赤煉瓦仕上)も設置されている。水害による中川古利根川)からの逆流を防止するために設けられた。

周辺は水元公園の一部。「かつしか郷土かるた」にも読まれている[4]

都内唯一の煉瓦アーチ橋である。

2007年(平成19年)11月30日には「東京都葛飾区の赤煉瓦建造物」として経済産業省が認定する近代化産業遺産に認定された[5]。また、2013年(平成25年)度に土木学会の選奨土木遺産に認定された[6]。本橋梁は、土木学会による「近代土木遺産2800選Aランク(国指定文化財クラス)」に選出されている[7]

なお、1970年(昭和45年)に閘門橋のすぐ下流側に東京都道・埼玉県道67号葛飾吉川松伏線の道路橋である葛三橋(かつみばし)が架設され[1]、自動車はそちらを通るようになった。そして1980年(昭和55年)には下流側の大場川と中川の合流点に新大場川水門が完成、以降は水門としての役目を終え、人道橋として使用されている。

アクセス

周辺

橋のすぐ北側を流れる下第二大場川に同じ煉瓦造りの「二郷半領用水逃樋」[9]も架けられ、県道67号の道路橋として利用されている。閘門橋付近に県境未確定区域が存在する。閘門橋付近より下流側の流路はかつての中川(古利根川)の一部で、昭和20年頃までは上流側を古利根川、下流側を中川と称していた[10]。なお、上流側は大正年間に行われた河川改修により埋め立てられている(潮止橋も参照)。

  • 葛三橋 - 閘門橋の新橋に当たる。車道として供用されている。
  • 八潮南公園
  • 亀有警察署葛三橋交番
  • 水元給水所

脚注

  1. 閘門橋(旧弐郷半領猿又閘門)”. 土木学会関東支部. 2020年5月4日閲覧。
  2. 閘門橋(弍郷半領猿又閘門・葛三橋)1910- - 土木学会附属土木図書館橋梁史年表。2020年5月5日閲覧。
  3. 第78話 閘門橋”. 東京地方労働組合評議会 (2009年11月15日). 2017年2月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年5月4日閲覧。
  4. 【め】明治の美 レンガを積んだ 閘門橋”. 葛飾区. 2020年5月4日閲覧。
  5. 近代化産業遺産群33 (PDF). 経済産業省. p. 18. 2020年5月4日閲覧。
  6. 【土木遺産】レンガアーチの閘門橋など 土木学会が13年度作品決定”. 建設通信新聞の公式記事ブログ (2013年10月15日). 2020年5月4日閲覧。
  7. 東京都(23区)”. 土木学会. 日本の近代土木遺産(改訂版) (2008年9月5日). 2020年5月5日閲覧。
  8. 閘門橋 - 亀有上宿商店会.2020年5月4日閲覧。
  9. 二郷半領用水逃樋 - 有限会社フカダソフト.2020年5月4日閲覧。
  10. 災害教訓の継承に関する専門調査会報告書 1947 カスリーン台風 第5章 利根川氾濫流の流下と中川流域 (PDF). 内閣府防災部門HP. pp. 121,133 (2010年1月). 2020年4月20日閲覧。

関連項目

外部リンク

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