関広国
関 広国(せき ひろくに)は、幕末の薩摩藩の武士。一般には通称の関 勇助(せき ゆうすけ)で知られる。薩摩藩主・島津斉彬の側近。
凡例 関 広国 | |
|---|---|
| 時代 | 江戸時代末期 - 幕末 |
| 生誕 | 不詳 |
| 死没 | 不詳 |
| 別名 | 雅号:南塘 |
| 幕府 | 江戸幕府 |
| 主君 | 島津斉彬 |
| 藩 | 薩摩藩 徳之島蔵方目付 |
略歴
お由羅騒動に連座して謹慎となるが、その後島津斉彬に重用され、常平法や外城屯田兵制の城下士への適用、郷校の設立などは広国の調査によるものが多く、斉彬がフランス式騎兵隊を創設した際はその隊長となったという。西郷隆盛や大久保利通は広国に学んだことがあるという。
島津斉彬死去以降の消息は不明。
鹿児島城下の高麗町で誕生すると伝えられる。ただし、天保13年及び安政6年の地図において、高麗町を初め、鹿児島城下に「関勇助」の名は見えない。
略年譜
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