霊徹
略歴
僧皎然や劉長卿・包佶・李紓といった人士らと交遊を重ね、詩を応酬しあっていた。その詩名が高くなって都・長安で評判となり、宮中にまで伺候するようになった。それを他の僧侶らに妬まれたため、讒言を被った。そのため汀州に流されたがそのうちに許されて都に戻った。その後宣州の開元寺に住し、そこで亡くなった。彼の著『霊澈詩集』・『酬倡集』は現在伝わっていない。
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