養春院
生涯
神祇少副・吉田兼起の娘として生まれ、その後明暦3年(1657年)に父が没し、家を嗣いだ弟兼敬の養女となる。
寛文5年(1665年)、京から江戸に下向して大奥へ入る。「生きた吉祥天」と称されるほどの京美人であったと言われている。2年後の寛文7年(1667年)に懐胎の兆しが現れるが、傷寒(急性熱性疾患)にかかり、同年6月28日に19歳で没する。墓所は東京都新宿区の済松寺正光院。
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