高久光雄
経歴
東京都大田区出身。祖父は実業家、父はマンドリン奏者の高久肇という家に育つ[1]。 明治学院大学経済学部卒業後、日本コロムビアに入社し、エイプリル・フールなどをプロデュース。1971年に、EPIC班(のちのEPICソニーレコード)に移り、音楽ディレクターとして、ミシェル・ポルナレフ、矢沢永吉、プロデューサーとして、南佳孝などを、次々にヒットさせる。その後、キティMME、ユニバーサル インターナショナル、ドリーミュージックなどの社長兼CEOを経て相談役。日本レコード協会監事。
エピソード
矢沢永吉の楽曲「Mr.T」のモデルとしても知られる。
ミシェル・ポルナレフのヒット曲「シェリーに口づけ」という邦題は高久の考案によるもの(「ウル12号」(ペヨトル工房)所収「シェリーの言いわけ」より)。
主な担当アーチスト
関連項目
- 須藤晃(CBSソニー時代のアシスタント)
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