高井岳 (福岡県・大分県)
高井岳(たかいだけ)は、福岡県うきは市と大分県日田市との境にある標高404.5mの山である。
| 高井岳 | |
|---|---|
![]() 高井岳(日田市大肥町から遠望) | |
| 標高 | 404.5 m |
| 所在地 |
福岡県うきは市 大分県日田市 |
| 位置 | 北緯33度18分35.9秒 東経130度51分44.5秒 |
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戦国時代には、高井岳城または高ヶ岳城と記録にある城砦があった。現在、ここにはテレビ放送の西日田中継局がある。
高井岳は、大友氏支配下の豊後国日田郡から隣の筑後国問註所氏の領地を望む地に位置する。高井岳城の位置については、『日田郡志』(下巻)に“高ヶ嶽、西ノ方半プクニアリ(抜粋引用)”とある。
日田郡内の歴史書『豊西記』[1]には、「高井嶽城潰陥之事」と題して、以下のように記されている。
秋月氏に降伏した問註所親則(長岩城主)は、同盟関係にあった大友氏との手切れに臨むべく、日田郡へ攻め入った。第一の攻略対象となったのが、豊後国と筑後国の国境に位置する場所に築かれた高井岳城であった。高井岳には井楼を備えた城があり、城番を駐屯させていた。このときの城番は日田八奉行の一人堤越前守の弟、堤平右衛門尉であった。寄せ手の問註所勢と合戦となり、平右衛門尉は大手付近で問注所勢大将の石井蔵人と刺し違えて討死。城は陥落し、領内日田郡石井郷に侵入を許したが、高瀬下野守の軍勢が駆けつけて問註所勢を撃退した。
西日田中継局
脚注
- 大蔵和市編『豊西記』大蔵三光堂、1955年、日田市立淡窓図書館蔵
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