高山光重
高山 光重/長尾 景吉(たかやま みつしげ/ながお かげよし)は、戦国時代の武将。上野国の国衆・高山氏の一族。
凡例 高山 光重/長尾 景吉 | |
|---|---|
| 生誕 | 未詳 |
| 死没 | 未詳 |
| 別名 | 受領名:肥前守 |
| 氏族 | 高山氏→白井長尾氏 |
| 父母 | 父:高山満重、養父:長尾景春? |
| 兄弟 | 行重?、光重、重俊、定重、長井政実室 |
| 子 | 小幡景高室 |
生涯
上野国緑野郡高山に拠った国衆・高山満重の次男。白井長尾氏の長尾景春の養子となり、「長尾景吉」を名乗ったとされるが、景春を養父とすると世代が合わないとされる[1]。高山氏は永禄3年(1560年)の長尾景虎(上杉謙信)の関東侵攻に従い、光重の兄である高山行重が白井長尾氏の同心となっていることから、高山氏と白井長尾氏の間に何らかの関係があったとされる[1]。
天正10年(1582年)の後北条氏と滝川一益との神流川の戦いで兜首18を獲り、功名をあげた。娘に神成城主・小幡次郎景高の妻がいる[2]。
脚注
- 久保田順一「高山氏と高山領」『戦国上野国衆事典』戎光祥出版、2021年。
- 黒田基樹「山内上杉氏領国下の上野小幡氏」『戦国期 山内上杉氏の研究』岩田書院、2013年。
参考文献
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