高嵩濤
来歴
高嵩谷の門人。本姓は松下、後に奥田と改姓する。通称は虎之助。後に建蔵といった。嵩濤、英一翠、拳々斎、虎風堂、画賛人と号す。江戸赤坂の商家に生まれたが、後に奥田氏に養われ質屋を営んでいる。狂歌を朱楽菅江に学び、自らの狂歌名を時雨庵空言、絵馬屋額輔、絵馬屋賀久助といった。浅草新堀端に住み、狂歌のほか、英一蝶風の絵を多数描いている。作画は文化から嘉永にかけてであった。享年74。墓所は二本榎の証誠寺。法名は英叟院釈一翠居士。
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