高穴穂宮
記紀による記録
近江王朝説
王朝交替説の一つで、三輪王朝と河内王朝に挟まれた景行、成務、仲哀の3代にわたって近江に本拠とした王朝があったとする学説。水野祐の三王朝交替説は諡号に「イリ」を持つ天皇皇族による三輪王朝と「ワケ」を持つ天皇皇族による河内王朝とするが、近江王朝は「タラシ」が諡号に含まれる3天皇1皇后[注釈 3]を根拠の一つとしている[2]。同時期には四道将軍を始め、尾張、丹波など畿外に関連した叙述が『記紀』に多くみられ、国造を置くなど王権による全国支配が進められたとされる[2]。
脚注
注釈
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