高野砂丘
概要
高野砂丘は河畔砂丘(内陸砂丘)に区分される砂丘群である。砂丘は旧利根川(現:大落古利根川)の旧河道東岸沿いに幸手市大字上高野から北葛飾郡杉戸町大字下野・大字下高野にかけ、かつての蛇行の袂状部の内側に発達している。
この砂丘は全体としておおよそ南北方向から南に向かうに従い南東方向へと弧を描くように発達し、微高地は主なものは2条あり、1つは長さ約2800 m・幅約85 m・高さ約14.4 m(最高点:下高野一里塚[3]北側、永福寺[4]では13.3 m)、もう1つは長さ約350 m・幅約50 mのものとが所在している。砂丘の東側に所在している後背湿地の低地との比高は、前者の最高点との比高が約7.2 m、後者は約2 mである。
高野砂丘は中世の時期以降に形成期に入ったものと推定されている。これは大字下高野の砂丘の下に自然堤防や中世の土器が含まれた土で建造された2列の古堤防(築堤時期:1253年(建長5年))が埋没しており[1]、砂丘上に所在している永福寺が1579年(天正7年)に建立されていることによる[1]。
中世には奥州への道がこの自然堤防・砂丘を通っていた(後の日光御成街道)。 現在これは埼玉県道65号さいたま幸手線であり、東側を南側用水路が流下している。大字下野の砂丘上には八幡神社[5]が所在しており、神社の西側(裏側)は「下野の森」となっている。
周辺
脚注
- 『角川日本地名大辞典 11 埼玉県』 533頁。
- 平成29年3月24日埼玉県報より埼玉県教育委員会告示第10号 (PDF) (リンクは埼玉県ホームページ)。
- 下高野一里塚周辺 - Goo地図 ホームページ
- 永福寺周辺 - Goo地図 ホームページ
- 八幡神社周辺 - Goo地図 ホームページ
参考文献
外部リンク
- 「1地形分類図」 - 埼玉県ホームページ
- 「大落古利根川 - (1)大落古利根川の起点・(2)中落堀川の合流」 - ウェイバックマシン(2013年8月23日アーカイブ分) - 有限会社フカダソフト(きまぐれ旅写真館)
- 『第171回史跡めぐり案内 日光御成道を訪ねて(2ページ)』 (PDF) - 越谷市郷土研究会ホームページ
- 『歴史的農業環境閲覧システム』 - 独立行政法人 農業環境技術研究所ホームページ
- 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービス
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