鳴戸

鳴戸(なると)は、日本相撲協会年寄名跡のひとつ。初代・鳴戸が四股名として名乗っていたもので、その由来は定かではない。

名跡の変遷

2011年に13代鳴戸(横綱・隆の里)が急死すると、14代鳴戸(幕内・隆の鶴)が部屋を承継した。年寄名跡は所有する親方の死亡から3年間は遺族による所有が認められており、14代鳴戸が部屋の運営をしながらも、実質的に名跡を所有していたのは13代夫人であった。

2013年に日本相撲協会公益財団法人への移行を目指すと、年寄名跡を協会が一括管理することとなった(年寄株問題を参照)。年寄衆は名跡証書の提出を求められていたが、13代夫人は14代鳴戸に法外な金額を要求したとされ、14代鳴戸は名跡を取得できなかった。

14代鳴戸は、空き名跡となっていた田子ノ浦を取得して名跡変更。田子ノ浦は前年に元前頭・久島海が死亡した後、金開山の借株であったが岩友を襲名した後は、空き名跡となっていた。名跡の所有者である久島海の遺族としては、証書の価値が無くなる(遺族による所有の期限が満了する)前に譲渡することができた。

稀勢の里など力士12名とともに、部屋の所在地も松戸市から、同年停年退職した増位山の旧三保ヶ関部屋(墨田区)へと移転した。

14代鳴戸が名跡変更して以降は暫く協会預かりとなっていた時期がある。

鳴戸の代々

「○代目」の太字は部屋持ち親方。

代目引退時しこ名最高位現役時の所属部屋襲名期間備考
初代鳴戸沖右衛門------
2代大橋彦五郎------
3代高濱松之助------
4代縄張綱右エ門------
5代縄張綱右衛門------1869年3月-1887年頃(死去)
6代縄張綱右エ門下二19鳴戸部屋1887年頃-1910年8月(死去) 二枚鑑札
7代鏡川正光前2友綱部屋1912年頃-1927年5月(廃業)二枚鑑札
8代太刀光電右エ門大関友綱-東関-高砂部屋1927年10月-1951年5月(廃業)
9代大岩山大五郎前9立浪部屋1954年3月-1980年12月(死去)
10代貴ノ花利彰大関二子山部屋1981年1月-12月12代藤島に名跡変更
11代大剛健嗣前11花籠部屋1982年3月-1983年4月借株
10代不知火に名跡変更
12代若獅子茂憲小結二子山部屋1983年4月-1986年1月借株
6代峰崎に名跡変更
13代隆の里俊英横綱二子山部屋1986年1月-2011年11月(死去)
14代隆の鶴伸一前8鳴戸部屋2011年11月-2013年12月16代田子ノ浦に名跡変更
15代琴欧洲勝紀大関佐渡ヶ嶽部屋2015年2月-

関連項目

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