鳴狐
鳴狐(なきぎつね)は、鎌倉時代(13世紀)に作られたとされる日本刀(打刀)である[3]。日本の重要文化財に指定されており、東京国立博物館所蔵[3]。文化財名称は「刀 銘左兵衛尉藤原国吉」である。
| 鳴狐 | |
|---|---|
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「刀 銘左兵衛尉藤原国吉」、号「鳴狐」。 | |
| 指定情報 | |
| 種別 | 重要文化財 |
| 名称 | 刀 銘左兵衛尉藤原国吉 |
| 基本情報 | |
| 種類 | 打刀 |
| 時代 | 鎌倉時代 |
| 刀工 | 粟田口国吉 |
| 刀派 | 粟田口 |
| 全長 | 68.4 cm[1] |
| 刃長 | 54.1 cm[1] |
| 反り | 1.6 cm(刀身反)、茎反わずか[1] |
| 先幅 | 2.0 cm[1] |
| 元幅 | 2.99 cm[1] |
| 重量 | 475.0 g[1] |
| 所蔵 | 東京国立博物館(東京都台東区) |
| 所有 | 独立行政法人 国立文化財機構 |
| 番号 | F-20111[2] |
伝来

「鳴狐」の茎の指表銘。「左兵衛尉藤原国吉」と切る。
鎌倉時代中期の刀工・粟田口則国の子とされる国吉により作られた刀である。国吉は、山城国粟田口派の刀工であり、短刀の名手として知られる藤四郎吉光は国吉の同門または弟子とされる。国吉作の作刀も吉光同様、短刀が多く、太刀や刀は少ない[4]。鳴狐は寸法が延び、刀身に反りが付く点で短刀とは異なるが、造り込みを平造とする点、茎の先まで重ねを厚く作る点で小太刀とも異なっている。小笠原信夫は、同作は打刀と称すべきものだとする[注釈 1][5][6]。
「鳴狐」の号の由来は明らかでない[6][7][8]。姫路藩2代藩主池田利隆の家臣・石黒甚右衛門から館林藩主の秋元家に伝わり、同家所蔵時の1931年(昭和6年)1月19日に国宝保存法に基づく国宝(いわゆる「旧国宝」)指定を受け[9]、文化財保護法施行後は国の重要文化財となっている。秋元家を離れてからは個人所蔵を経て、東京国立博物館に収められた。
作風
脚注
出典
- 京都国立博物館 2018, p. 66.
- “e國寶”. 2020年8月23日閲覧。
- 刀〈銘左兵衛尉藤原国吉/〉 - 国指定文化財等データベース(文化庁)、2016年11月9日閲覧。
- 橋本麻里(構成) 2018, pp. 55.
- 東京国立博物館(編) 1997, p. 15.
- 東京国立博物館(編) 1997, p. 304.
- かみや歴史編集部(企画・編集) 2015, p. 55.
- 杉浦良幸(監修) 2015, p. 106.
- 官報 1931年1月19日、文部省告示第9号。2016年11月9日閲覧。
参考文献
- 東京国立博物館(編)『日本のかたな』1997年10月。 NCID BA35353907。
- かみや歴史編集部(企画・編集)『日本刀ビジュアル名鑑』2015年7月。 NCID BB19181670。
- 杉浦良幸(監修)『知っておきたい日本の名刀』(初)、2015年6月5日。 NCID BB19017451。
- 橋本麻里(構成)「物語る刀剣たち。」『BRUTUS』第17巻第39号、マガジンハウス、2018年9月15日、ASIN B07G1SC551。
- 京都国立博物館 著、読売新聞社 編『特別展京のかたな : 匠のわざと雅のこころ』(再)、2018年9月29日。 NCID BB26916529。
外部リンク
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