鶴姫 (南部信順室)
生涯
八戸藩江戸屋敷にて信真の八女として誕生した。鶴姫が2歳の天保9年(1838年)4月26日に、薩摩藩主島津重豪の息子で26歳の島津信順(後の南部信順)と婿養子縁組をし、嘉永3年(1850年)6月15日に正式に信順と婚姻する。文久3年(1863年)2月に江戸屋敷から八戸城に移る。元治元年(1864年)6月19日に病に患い、12月22日に八戸城内にて死去する。八戸の南宗寺に葬られた。
鶴姫と信順は親子ほど年の離れた夫婦であり、鶴姫と信順の間には実子はいない(信順は側室との間には南部栄信、南部邦次郎(早世)、八百姫(島津貴敦室)、仁姫(早世)、聖姫(早世)、慶姫(後の董姫、櫛笥隆義室のち加藤明実継々室)の2男4女を儲けている)。
参考文献
- 『八戸南部史稿』八戸市、1999年
外部リンク
- 菊牡丹唐草轡十字紋蒔絵漆器(鶴姫の婚礼調度品)
- 唐草南部鶴紋蒔絵漆器(鶴姫の婚礼調度品)
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