鷹森立一
鷹森 立一(たかもり りゅういち、1925年(大正14年)10月31日 - 2011年(平成23年)12月21日)は、日本の映画監督。静岡県引佐郡三ケ日町(現・浜名区)出身。
| たかもり りゅういち 鷹森 立一 | |
|---|---|
| 生年月日 | 1925年10月31日 |
| 没年月日 | 2011年12月21日(86歳没) |
| 出生地 |
|
| 職業 | 映画監督 |
| 主な作品 | |
| キイハンター / アイフル大作戦 / バーディ大作戦 / Gメン'75 | |
人物
静岡縣立浜松第二中学校を経て、旧制静岡中学校卒業後、早稲田大学に進学。文学部芸術専攻科を卒業し、東映に入社[1]。
東映東京撮影所にて助監督 (映画スタッフ)を務める。途中で肺結核に罹患して1年半休職を余儀なくされた時期もあったが、1964年の映画『君たちがいて僕がいた』で映画監督として初演出。以後は千葉真一主演の『太陽に突っ走れ』、『子守唄シリーズ』、『河内遊侠伝』、『やくざ刑事シリーズ』、『狼やくざ 殺しは俺がやる』、『ボディガード牙シリーズ』、『冒険者カミカゼ -ADVENTURER KAMIKAZE-』や、『夜の歌謡シリーズ』(梅宮辰夫主演)などのメガホンを執る。
1960年代後半には東映制作のテレビ映画『キイハンター』、『アイフル大作戦』、『Gメン'75』などを手掛け、晩年までテレビドラマ演出を中心とした活動を続けていた。
夫人は東條英機の三女。
作品
映画
- 君たちがいて僕がいた (1964年)
- 夢のハワイで盆踊り (1964年)
- 可愛いあの娘 (1965年)
- 太陽に突っ走れ (1966年)
- 子守唄シリーズ
- 北海遊侠伝 (1967年)
- 河内遊侠伝 (1967年)
- 夜の歌謡シリーズ5作 (1968年 - 1969年)
- 謝国権「愛」より (秘)性と生活(1969年)
- 経験 (1970年)
- やくざ刑事シリーズ
- やくざ刑事 恐怖の毒ガス (1971年) ※脚本も担当
- やくざ刑事 俺たちに墓はない (1971年) ※脚本も担当
- 狼やくざ 殺しは俺がやる (1971年)
- セックスドキュメント トルコの女王(1972年)
- ボディガード牙シリーズ (1973年)
- 温泉おさな芸者 (1973年)
- 従軍慰安婦 (1974年)
- 冒険者カミカゼ -ADVENTURER KAMIKAZE- (1981年)
- 姐御(1988年)
- 桜の樹の下で (1989年)
脚注
- 西山台に立つ・浜松西高/青春群像 不運を乗り越え監督に 静岡新聞
- ミッションインポッシブル 藤田三保子のブログ 2011年12月27日付
外部リンク
- 鷹森立一 - allcinema
- 鷹森立一 - KINENOTE
- 鷹森立一 - 日本映画データベース
- Ryuichi Takamori - IMDb(英語)
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