日本基督教団鹿児島加治屋町教会
沿革
1877年アメリカ・メソジスト教会デヴィソンから派遣された飛鳥賢次郎が山下町の借家を会堂兼牧師館として伝道したのが始まりである。デヴィソンが長崎から訪れた[1]。45名に洗礼を授け、鹿児島美以教会が設立された。
1899年台風で会堂が倒壊し、1900年に木造二階建牧師館付会堂を建築する。1907年メソジスト3派が合同し日本メソヂスト教会ができると、日本メソヂスト鹿児島中央教会と改名する[1]。
1925年ころに鉄筋コンクリート2階建の会堂を建設、1941年の日本基督教団成立以降は、鹿児島城南教会になった[1]。1945年空襲で会堂は焼失し、戦後に再建される。
1976年加治屋町に新会堂・牧師館・敬愛幼稚園を新築移転する[1]。1981年に礼拝堂にパイプオルガンを設置する。1985年鹿児島加治屋町教会へと改称する[1]。
参考文献
- 『日本キリスト教歴史大事典』教文館、1988年
外部リンク
This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.