麻賀多神社
麻賀多神社(まかたじんじゃ)は、千葉県成田市台方にある神社である。式内社で、旧社格は郷社。印旛郡市に18社ある「麻賀多十八社」の総本社である。
| 麻賀多神社 | |
|---|---|
|
![]() | |
| 所在地 |
千葉県成田市台方1番地 千葉県成田市船形834番地(奥宮) |
| 位置 | 北緯35度46分15.0秒 東経140度16分35.0秒 |
| 主祭神 |
和久産巣日神 稚日霊命(奥宮) |
| 社格等 | 式内社(小)・郷社 |
| 創建 | 景行天皇42年 |
| 本殿の様式 | 一間社 |
| 例祭 | 7月31日 |
| 地図 |
![]() 麻賀多神社 |
歴史
社伝によれば、景行天皇42年6月晦日、東征中の日本建尊が当地を訪れ、杉の幹に鏡を懸け「この鏡をインバノクニタマオキツカガミと崇めて祀れば、五穀豊穣になる」と言い、伊勢の大神を遥拝したのが当社の起源であるという。応神天皇20年、神八井耳命の8世の子孫である印旛国造・伊都許利命が現在の成田市船形に社殿を造営し、その鏡を神体として稚日霊命を祀った。また、伊都許利命は杉の木の下から7つの玉を掘り出し、それを神体として和久産巣日神を併せ祀った。この2神は「真賀多真(勾玉)の大神」と呼ばれた。推古天皇16年、伊都許利命の8世の子孫の広鋤手黒彦命が、神命により現在の成田市台方に和久産巣日神を遷座し、それまでの社殿を奥宮とした。
延喜式神名帳に記載の際、「真賀多真」が三種の神器の1つと同名であるとして、1字取って「真賀多神社」に改称した。後に、一帯が麻の産地であることから麻賀多神社に社名を改めた。
全景
社殿
本殿裏
神楽殿
本殿後方の天日津久神社
奥宮
成田市船形手黒に位置し、手黒社と呼ばれる。台方の奥津宮。
全景
社殿全景
社殿
社殿後方から
御神木(大杉)
伝伊都許利命墳墓石櫃(千葉県指定文化財)
伝伊都許利命墳墓 古墳出土石
他の麻賀多神社
「麻賀多神社」という神社は、印旛郡市に台方をはじめ、成田市に1社、佐倉市に11社、酒々井町2社、富里市2社、八千代市1社の計18社を数える。全国的に見ても珍しい名前の神社で、印旛沼の東側から南にかけてにのみ存在する神社である。
摂社・末社
大宮
摂社
- 天日津久神社[注釈 1] 、大権現社

天日津久神社
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大権現社
末社
- 祓戸社 -(祭神)瀬織津姫、気吹戸主、速秋津姫、速佐須良姫
- 古峯神社、三峯神社
- 印旛國造神社、馬来太郎女神社
- 幸霊神社、青麻神社、猿田彦神社
- 天神神社
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古峯神社・三峯神社
奥宮
摂社
- 加志波比売神社、八代稲荷神社
末社
- 高津神社、栗生日神社、世直神社、熊野神社、菅原神社
境外社
- 伊都許利神社 - 神社庁では「伊都許利神社」、鳥居には「金比羅神社」と表記
文化財
脚注
出典
- 成田市教育部生涯学習課. “文化財の周知・活用(文化財一覧)”. 千葉県成田市. 2021年4月24日閲覧。
関連項目
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