黒木永子
黒木 永子 (くろき えいこ、1969年10月5日[1] - )は1980年代を中心に活動した元グラビアアイドル・女優。BOXコーポレーション[1]→スターダム所属。本名:鈴木永子(当時)[2]。
| プロフィール | |
|---|---|
| 生年月日 | 1969年10月5日 |
| 現年齢 | 54歳 |
| 出身地 |
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| 血液型 | B |
| 毛髪の色 | 黒 |
| 公称サイズ(1988年時点) | |
| 身長 / 体重 | 161 cm / ― kg |
| スリーサイズ | 83 - 60 - 86 cm |
| 活動 | |
| デビュー | 1985年(16歳) |
| ジャンル | グラビア |
| モデル内容 | 水着、制服等 |
| 他の活動 | 女優 |
| モデル: テンプレート - カテゴリ | |
略歴
静岡県下田市に生まれ、東京都北区で育つ[3][1]。中学校を卒業した1985年の春に原宿でスカウトされ、モデルとして芸能活動を始める。[3] 同年10月より『11PM』金曜版(日本テレビ制作)に女子高生役11人組グループ「SOS歌劇団」のメンバーとして出演。[4] 初期にはSOS歌劇団メンバーのうち、同じ事務所の所属だった青木真美(中西真美)、藤田尚子との3人組で活動することが多かった。
1986年より単体での芸能活動に移行し、グラビアアイドルとして1990年にかけて週刊プレイボーイやGOROなどのメジャー誌のグラビアを飾った。1988年には2冊の写真集が出版された。
また女優活動も並行して行い、1987年3月には単発テレビドラマ『僕の先生モヒカン刈り』(日本テレビ系)に出演。1988年5月には横山やすしが企画した女子競艇選手ものの映画『フライング 飛翔』(東映系)で主役に起用された。同年6月に発売された大桃一郎監督によるSF特撮オリジナルビデオ『スターヴァージン』(ポニーキャニオン)では甲冑風のビキニに身を包んだ宇宙人のヒロインを演じ、注目を浴びた。同年11月の河崎実監督によるオリジナルビデオ『ミラクルバニー』(大陸書房)ではバニー姿のヒロインを演じた。
1989年には篠原とおるの『狩人蜂』を原作とする映画への出演がアナウンスされたが、[5] 映画は公開に至らず、映像素材を流用したメイキングビデオ『ギャロップ』(深野晴美、黒沢ひろみとの共同名義)と『青い海のギャル ホットポイント』(黒木の単独名義)が発売された。
その後もテレビドラマへのゲスト出演などがあったものの、[6] 1990年を最後に目立った芸能活動は行っておらず、芸能界を引退したものとみられる。
出演作品
オリジナルビデオ
映画
イメージビデオ
- ビデオマガジン Beppin No.7 (1989年3月13日、発売:英知出版) オムニバス作品
- 青い海のギャル ホットポイント (1989年10月10日、発売:サム・クリエイト)
- ギャロップ (1989年10月10日、発売:サム・クリエイト) 深野晴美、黒沢ひろみとの共同名義
- ボディコン・ハンター(発売:マディソン)…「ホットポイント」「ギャロップ」の再編集ビデオ
テレビ(バラエティ)
- 11PM(金曜日) (1985-1988、日本テレビ)
- いちごチャンネル (1985-1986頃、テレビ朝日)
音楽作品
LP/CD
- スターヴァージン 音楽編 (1988年6月21日、ポニーキャニオン)
…『Hが私のエネルギー』収録
出版
写真集
脚注
- 週刊テレビ番組(東京ポスト)1985年12月13日号「プロフィル」48頁
- 写真集『Because』巻末プロフィール、大陸書房、1988年。ただし本名を「黒木永子」としている雑誌も一部存在する。
- 『週刊宝石 1988年4月1日号』、光文社、1988年。他誌のプロフィールでは「東京都出身」としていた。
- 『週刊プレイボーイ 1988年11月1日号』、集英社、1988年。
- 『月刊PLAYBOY 1989年6月号』、集英社、1989年。
- 『ACTRESS 1990年6月号』、リイド社、1990年。