1899年の新聞少年ストライキ

1899年の新聞少年ストライキは、1899年にアメリカ合衆国で起こった新聞販売を行なう児童労働者により、競合するジョーゼフ・ピューリツァーの『ニューヨーク・ワールド』紙とウィリアム・ランドルフ・ハーストの『ニューヨーク・ジャーナル』紙のやり方を変えようとする抗議行動。このストライキは2週間続き、『ニューヨーク・ワールド』紙はこの間36万部から12万5千部に発行部数を落とした[1]。ストライキは成功し、賃金が上がることとなった[2]。

1908年、ブルックリン区の新聞少年

背景

1910年、ニューヨークの新聞少年。新聞少年は24時以降も働くこともあった。

1844年[3]、1886年[4]、1887年[5]、1889年[6]にも新聞少年のストライキが行なわれていた。それまで1898年5月の『ニューヨーク・ワールド』紙と『ニューヨーク・ジャーナル』紙に対する新聞少年のストライキが最もよく知られていた[7]。

ストライキの要因

1898年、米西戦争により新聞売上が上がり、いくつかの出版社は新聞少年への売価を50セントから60セントに値上げしたが[8]、定価は据え置きであった。戦後、『イヴニング・ワールド』紙と『ニューヨーク・イヴニング・ジャーナル』紙以外の多くの新聞がそれまでよりもコストを抑えようとしていた[9]。

ストライキ

1899年7月21日、ニューヨークの多くの新聞少年はピューリツァー出版の『ワールド』紙とハースト出版の『ジャーナル』紙の販売を拒否した。ストライキ参加者は数日間ブルックリン橋でデモ行進して交通渋滞を引き起こしたが[10]、ニューイングランドの多くの都市ではまだ販売されていた。彼らは路上で新聞を引き裂いて売れないようにした[11]。一般の人々も味方となり、ストライキが終わるまでどの新聞も買わないことにした[12]。ピューリツァーは少年たちの代わりに大人を雇おうとしたが、大人たちも子供の立場を理解し、少年たちに敵対するようなことはしたがらなかった[12]。カリスマ的なスピーチを行なうストライキのリーダーのキッド・ブリンクのもとに5,000人もの新聞少年が結集した[13]。

片目が見えないためキッド・ブリンクと名付けられたルイス・バラットは[14]、競合する『ニューヨーク・トリビューン』紙などにしばしば取り上げられ、強いブルックリン区訛りで「Me men is nobul.」などと視覚方言で語ると記した。ブリンクとストライキ参加者たちは暴力的でもあった。ハーストとピューリツァーは結集を阻止するために人を雇い、まだ続けていた新聞販売者を守ろうとした[15]。ある集会の際、ブリンクはストライキ参加者たちに「仲間たち、友人たちよ。時が来た。団結する時が来たのだ。たとえ困難であろうと私たちの意志を通さなければならない」と語った[16]。

『ワールド』紙も『ジャーナル』紙も1束60セントから値下げしなかったが、売れ残りを買い戻すことで合意し、1899年8月2日にストライキは終結した[17]。

影響

1899年の新聞少年のストライキは1914年のモンタナ州ビュート[18]、1920年代のケンタッキー州ルイビルの新聞少年のストライキに影響を与えた[19]。

数十年後、児童福祉法が導入されて新聞少年の待遇がそれまでよりも良くなった。

ポピュラー・カルチャー

1942年、DCコミックスの『スター・スパングルド・コミックス』の7号から64号に架空の人物ニュースボーイ・リージョンが登場した。現代のコミックでも様々にかたちを変えて登場している。

1899年のストライキに着想を得て1992年にディスニー映画『ニュージーズ』が公開された。眼帯をつけた少年やブルックリンのカリスマリーダーが登場するが脇役であり、この映画でのリーダーはジャック・ケリーである。映画を基にした舞台版ミュージカル『ニュージーズ』が2011年に開幕し、2012年から2014年までブロードウエイでも上演された。

2003年のノンフィクション『Kids on Strike! 』でも取り上げられた。

関連事項

脚注

  1. Nassau, D. (1999) "Ch. 3: Youse an' yer noble scrap: On strike with the Newsboy Legion in 1899." in Big Town, Big Time. New York: New York Daily News. p. 9.
  2. Mott, F.L. (2000) American Journalism. New York: Routledge. p. 598.
  3. "Newsboys strike", New York Times. October 14, 1884. Retrieved 14 February 2008.
  4. "Newsboys indulge in a strike", New York Times. March 30, 1886. Retrieved 14 February 2008.
  5. "Strike of newsboys", New York Times. January 29, 1887. Retrieved 14 February 2008.
  6. "Newsboys on strike: Many fights and two arrested by police", New York Times. August 13, 1889. Retrieved 14 February 2008.
  7. "Newsboys Strike for Better Terms", New York Herald. July 21, 1899
  8. "Newsboys on Strike", New York Times.. August 13, 1889
  9. "Newsboys Go On Strike", "New York Times". July 21, 1899
  10. Haw, R. (2005) The Brooklyn Bridge: A Cultural History. Rutgers University Press. p. 151.
  11. Newsboys Go On Strike. (21 July 1899). p. 1. http://cityhallpark1899.com/newspaper-articles/new-york-times/july-21-1899/ 2014年10月15日閲覧。.
  12. "Plan to Down Newsboys", The Sun. 24 July 1899
  13. Hoose, P. (2001) We were there, too! Young people in U.S. history. Douglas & McIntyre, Ltd. p. 177.
  14. Bartoletti, Susan Campbell (2003). Kids on Strike. Houghton Mifflin Harcourt. p. 61. ISBN 978-0618369232. https://books.google.co.jp/books?id=Bg3AsIODneEC&pg=PA61&redir_esc=y&hl=ja 2013年4月22日閲覧。
  15. Brown, D. (nd) Kid Blink Beats the World Archived 2009年07月5日, at the Wayback Machine.. Retrieved 17 June 2007.
  16. (nd) Progressive Era: Newsies. Digital History. Retrieved 17 June 2007.
  17. "Newsboys' Boycott Over", New York Tribune. 2 August 1899.
  18. Peavy, L. and Smith, U. (1999) Frontier Children. University of Oklahoma Press. p.112.
  19. Reinier, J.S., Ferguson, P. and West, E. (2001) Boyhood in America: An encyclopedia. ABC-Clio Inc.

外部リンク

参考文献

  • Saxby, A. (1902) "The ethics of Newsboys" in The Westminster Review. p. 575-578. Baldwin, Cradock, and Joy Publishers.
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