カーマイン・アピス

カーマイン・アピスCarmine Appice1946年12月15日 - )は、アメリカ合衆国出身のロックミュージシャンドラマー。個性的なロックフィルを生み出し、ジョン・ボーナムコージー・パウエルロジャー・テイラーフィル・コリンズら後進のドラマーに影響を与えた。2016年3月31日付「ローリング・ストーン誌の選ぶ歴史上最も偉大な100人のドラマー」において28位。

カーマイン・アピス
Carmine Appice
USA・ダラス公演(2015年10月)
基本情報
生誕 (1946-12-15) 1946年12月15日(77歳)
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
ニューヨーク市ブルックリン
ジャンル ヘヴィメタル
ハードロック
サイケデリック・ロック
職業 ミュージシャン
作曲家
担当楽器 ドラムス
パーカッション
ボーカル
活動期間 1966年 - 現在
共同作業者 ヴァニラ・ファッジ
カクタス
ベック・ボガート & アピス
KGB
キング・コブラ
ブルー・マーダー
マザーズ・アーミー
ギター・ゼウス
パット・トラヴァース & アピス
オジー・オズボーン
ロッド・スチュワート
公式サイト www.carmineappice.net

来歴

ギターアンプの大音量化が急激に進んだことにあわせ、マッチド・グリップでのハードヒット奏法をはじめとするヘヴィ・ドラミングを確立した。ロックドラムにツー・バスバスドラムを2個使用)を取り入れたり、チャイナシンバルを取り入れ裏返してセッティングしたり、スネアドラムワウペダルを繋ぐなど、技巧派のドラマーとして知られた。また、メインボーカルバックグラウンドコーラスをとることも多い。

ドラマー以外での活動も多岐に渡り、作詞、作曲、アルバムのプロデュースも行っている。また、音楽教育にも熱心で、ロックドラマー向けの教則本出版の草分けでもあり、自ら教則関連の「パワーロック社」を設立している。教則本『Realistic Rock Drum Method』は全世界で30万部以上を売り上げた。このような、音楽活動の功績を称えられ、ロサンゼルスをはじめアメリカ国内の4都市で「カーマイン・アピスの日」が設けられている。1991年にはハリウッド・ロック・ウォークに手形とサインが刻まれる栄誉が与えられた。デビュー50周年、70歳を越えた後もドラマ-として活動した。

アピスは1946年、ニューヨークのスタテン島の音楽一家に生まれる。父はジャズサクソフォーン奏者で、弟は後にブラック・サバスディオなどで活躍するロックドラマーのヴィニー・アピス。幼少時から音楽に興味を持ち、とりわけバディ・リッチジーン・クルーパに憧れていた。最初は親戚のドラムセットやおもちゃのドラムセットを叩いていたが、1961年、親にグレッチのセットを買ってもらい、ビッグバンド系のドラマーにドラムを習い始める。

1963年ルイ・ベルソンを見てツーバスに憧れるが、自らがそれを実現したのは1968年になってからであった。

高校在学中に、ドラマーを職業とする決心をする。ジャズドラムの練習をしながら、クラブでロックドラムを叩いたり、歌のバックバンドを務めたりして過ごす。このころ、ジェームス・ブラウンアレサ・フランクリンウィルソン・ピケット等のビッグネームのバックを務めたこともある。

ヴァニラ・ファッジ

[1966年12月、ヴィンス・マーテルマーク・スタインティム・ボガートらとヴァニラ・ファッジを結成した。バンド名はアイスクリームの商品名を引用した。

1967年6月、ヴァニラ・ファッジはニューヨークでデビューを果たした。シングル「キープ・ミー・ハンギング・オン」(シュープリームスのカバー曲)が、ビルボード6位を記録。7月には同名のアルバムを発表し、シングルと同じくビルボード6位となった。

1968年、ドラムセットをグレッチからラディックに変更した。同年2月、セカンド・アルバム『ビート・ゴーズ・オン』を発表し、ビルボード17位となった。6月にヴァニラ・ファッジはサード・アルバム『ルネッサンス』を発表したが振るわず、ビルボード・チャートは20位にとどまった。12月、ヴァニラ・ファッジのオープニングアクトをつとめていたレッド・ツェッペリンジョン・ボーナムがアピスの使用していたドラムセットを気に入ったため、アピスはラディック社にボーナムを紹介した。ボーナムはアピスと全く同じドラムセットを入手したが、26インチのツーバスがツェッペリンのメンバーの反対に遭ったため、ワンバスで使用していた。

1969年2月にはアルバム『ニア・ザ・ビギニング』を発表したが、ビルボード16位e[1]。同年5月、ニューヨークでジェフ・ベック・グループと競演し、既にヤードバーズ等で著名になっていたベックが、アピスとベースのボガートを引き抜きにかかった。8月に負傷していたギターのマーテルに代わってベックが、楽曲に友情参加してくれたことから、アピスとボガートはベックと一緒に活動する決意をした。9月になってアピスとボガートはヴァニラ・ファッジを脱退したが、11月にベックが交通事故に遭い、バンド結成は棚上げとなった。10月、録音済みのアルバム『ロックンロール』が発表されたが、ビルボード34位であった。

カクタス

1970年ジム・マッカーティラスティ・デイらとカクタスを結成し、ファースト・アルバム『カクタス』を発表した[2]1971年、セカンド・アルバム『ワンウェイ・オア・アナザー』発表。翌1972年にはサード・アルバム『リストリクションズ』を発表するも、間もなくマッカーティとデイが脱退。代わってピーター・フィンチワーナー・フリッシングデュアン・ヒッチングスが加入し、アルバム『汗と熱気』が発表される。しかし6月、カクタスが行き詰まったと感じたティム・ボガートと共に、ジェフ・ベックに再び接触する。

ベック・ボガート & アピス

1973年、ベックは、コージー・パウエルも参加していた第二期ジェフ・ベック・グループのメンバーの入れ替えを行い、ベック・ボガート & アピス(以下BBA)を結成し、アルバム『ベック・ボガート & アピス』を発表。

同年5月に来日を果たし、大阪厚生年金ホール他3箇所でコンサートを行う。BBAのライブ音源はベックの意向によりお蔵入りしており、1975年になってアルバム『ベック・ボガート & アピス・ライヴ・イン・ジャパン』として日本のみで発売された。

ベックはベースラインに徹せず、前に出てくるボガートの演奏に不満を持ち、殴り合いの喧嘩に及んだこともあった。その後、ボガートがバイク事故に遭い、復帰後にボガートとアピスだけディープ・パープルのコンサートに飛び入り参加するなど、ベックとの別行動が目立つようになり、BBAは自然消滅する。

その後

1975年、アピスはマイク・ブルームフィールドレイ・ケネディーリック・グレッチバリー・ゴールドバーグらとKGBを結成し、アルバム『KGB』を発表。AOR系の軽やかなドラミングを演じていた。しかしながら、マイク・ブルームフィールドの薬物中毒などから、オリジナルメンバーは程なく離散し、翌年セカンドアルバム『モーション』を発表し解散する。このころアピスはリッチー・ブラックモア率いるレインボーからのオファーがあったとされるが、加入には至らなかった。

1977年ロッド・スチュワートのバンドに加入する。後にアピスは「ヴォーカルに被らないドラミングをここで覚えた」と語っている。

1978年には憧れのバディ・リッチとロサンゼルスでセッションを行い、その後急速に親交を深める。アピスのドラムクリニックにバディ・リッチが訪問した様子を写した写真がアピスの教則本「Realistic Rock Drum Method」に掲載されている。

1979年1981年にはロッド・スチュワート・バンドのメンバーとして来日し、強烈なドラムソロを披露している。

ロッド・スチュワートのアルバム『スーパースターはブロンドがお好き』に収録された大ヒット曲「アイム・セクシー」はアピスとスチュワートの共作であるが、ブラジルでサッカー観戦していたスチュワートが、そこで耳にした応援歌(ジョルジ・ベンのタジ・マハール)をこの曲のサビに流用したらしく、盗作の疑惑が起こり、裁判闘争にまで発展、結局敗訴してしまう。スチュワートはアピスがサビの部分も作曲したことにして疑惑に関するトラブルを押しつけ、同シングルの売上は丸々ユニセフに寄付することにして逃げてしまった。このゴタゴタに嫌気が差したアピスは1981年にバンドを脱退する。

1981年、ドラマーとしての自身初のソロ・アルバム『ロッカーズ』を発表する。レコーディング・メンバーはほとんどがロッド・スチュワート・バンドのメンバーで、ロッカーズと称していた。そしてこのアルバムでは、弟のヴィニー・アピスとのドラム競演がレコーディングされており、「ドラム・シティ・ロッカー」という曲で聞くことができる。

この頃、レインボーの6期、7期でドラマーを務めていたボブ・ロンディネリは、アピスの一番弟子を名乗っている。

1982年3月、来日を果たす。メンバーは、リック・デリンジャートム・ピーターソンエリック・カルメンデュアン・ヒッチングス。このライブの頃から、ドラムソロでスモークを焚いて、見えなくなっている間にテープ音とすり替え、客席のドアから登場するというパフォーマンスを行うようになる。

1983年トミー・アルドリッジが夫人の出産のため産休となったオジー・オズボーン・バンドからオファーが舞い込み、バーク・アット・ザ・ムーン・ツアー他に同行する。オジーの前座で来ていたモトリー・クルーのステージを見て「これからのドラミングにはビジュアルも取り入れなくては」と考え、ドラムセットの上の両側にラージタムを吊るすなど派手なセットを設置した上、メイクも派手な物に変更している。この頃からアピスはスリンガーランドのセットを愛用している。

1984年、ユニセフのコンサートをきっかけにヴァニラ・ファッジを再結成し、アルバム『ミステリー』を発表する。このアルバムのクレジットには「J.トード(J. Toad)」(レコード会社の資料では「J.B.Toad:Recording in London, England」)と記されており、ジェフ・ベックが偽名で参加していると言われている。

1985年、アピスはビジュアルに拘ったバンド結成を熱心に推進し、ミック・スエイダマーク・フリーを発掘、キング・コブラを結成し、ファースト・アルバム『レディ・トゥ・ストライク』を発表する。冒頭一曲目にスエイダのギターがフィーチャーされ、メロディアスで綺麗な音色が話題を呼んだ。以降、キング・コブラの活動ではパールのセットを使用している。時期を前後して、米音楽雑誌サーカス(CIRCUS)の月間コラムを執筆し、若手ドラマー評を展開していた。

1986年にキング・コブラはセカンド・アルバム『街角のスリル』を発表する。映画『アイアン・イーグル』のテーマソング「アイアン・イーグル」をレコーディングし、プロモーションのためにメンバー全員の髪型まで軍隊風にカットするが、レコード会社のマネージメントのミスにより差し替えられてしまう。また、レコード会社との音楽の方向性の違いが表面化し、アピスは自らのレーベルを作り、キング・コブラをここに所属させる。

1987年4月、バディ・リッチの葬儀に参列しジャズドラムを披露した。

1988年ホワイトスネイクを解雇されたジョン・サイクスがアルバムを制作していたが、制作期間が長引いたこと等でコージー・パウエルが抜けてしまい、アピスは後任として同アルバム『ブルー・マーダー』のレコーディングに参加することになる。同年5月、アトランティック・レコード40周年コンサートにヴァニラ・ファッジとして参加している。

1989年、グループ名もブルー・マーダーとし、ファースト・アルバム『ブルー・マーダー』を発表する。ブルー・マーダーの活動ではプレミアのセットを使用している。薄いバーチ材に鉄芯を通したシェルからは、抜けのいい破裂音がパンパン出ていた。来日公演も行っており、年齢を感じさせない2時間に及ぶヘビードラミングを聞かせてくれた。同年長男が誕生している。

1991年3月になってサイクスは、やっとセカンド・アルバム『ナッシング・バット・トラブル』のレコーディングを開始する。しかし、再び制作期間が長引いたことで7月にトニー・フランクリンが脱退してしまう。その後、サイクスはメンバーの入れ替えを行い、同アルバムでアピスとフランクリンはゲスト参加という形になっている。

1992年4月にアピスはジェフ・ワトソンのソロ・アルバム『ローン・レンジャー』に参加し、9月には来日コンサートも行っている。この時のドラムセットはスリンガーランドに戻っている。1993年にはジェフ・ワトソンのプロジェクトにジョー・リン・ターナーを迎え入れ、マザーズ・アーミーとしてアルバムを発表する。しかし、マネージャーの横領問題からレコード会社の移籍問題へと発展し、短期間で廃盤となっている。1994年にレコーディングを終えていたセカンド・アルバム『プラネット・アース』が発売にこぎつけたのも1997年となってしまった。

1995年ギター・ゼウス・プロジェクトを開始する。このプロジェクトはアピスの活動30周年を記念したもので、ギタートラックだけを除いたマスターテープを参加ギタリストに送り、ギターテイクを入れたものを集めてアルバムにするというもの。参加ギタリストは ポール・ギルバート(MR. BIG)、 イングヴェイ・マルムスティーン(アルカトラス)、 ニール・ショーン(ジャーニー)、 スティーヴ・モーズ(ディープ・パープル)、 ダグ・アルドリッチ(ディオ)、 ジェニファー・バトン(ソロ)、 ブライアン・メイ(クイーン)、 タイ・テイバー(キングスX)、 スラッシュ(ガンズ・アンド・ローゼズ)、 テッド・ニュージェント(アンボイ・デュークス)、 ミック・マーズ(モトリー・クルー)、 レズリー・ウエスト(マウンテン)、 スティーヴィー・サラス(ソロ)、 ザック・ワイルド(オジー・オズボーン)、 ウォーレン・デ・マルティーニ(ラット)、 リッチー・サンボラ(ボン・ジョヴィ)、 スチュアート・スミス(スタジオ・ミュージシャン)、 C・C・デヴィル(ポイズン)、 ジョン・ノーラム(ヨーロッパ)、 ドゥイージル・ザッパ(フランク・ザッパの息子)、 ヴィヴィアン・キャンベル(デフ・レパード)、 北島健二(FENCE OF DEFENSE)、 セイモア・ダンカン(ギター用ピックアップメーカーの創業者)、 スティーヴン・セガール(俳優)といったそうそうたる顔ぶれである。

1997年には田村直美北島健二トニー・フランクリンと共に、PEARLとしてバンドを結成。アルバム『Pearl』を発表する。PEARLの活動ではメイペックスのドラムセットを使っている。メイペックスのサポートで日本国内でドラムクリニックを展開した。このバンドで来日しツアーも実施している。1998年6月には、『ミュージックフェア』でCharとPEARLが競演。LOVELOVEオールスターズでの競演で知り合ったシャ乱Qはたけとも交流を深め、ギター・ゼウス・ジャパンにもつながっていく。

1999年2月には再結成ブームに乗り、ヴァニラ・ファッジを再結成し、各地でライブ活動を行った。ただしキーボードはマーク・スタインからビル・パスカリに代わっている。このライブでCharが飛び入り参加したことにより、同年12月、アピス、ボガートにCharを加えてCBAを結成し、国内ライブツアーを行う。同年、ギター・ゼウスのマスターテープに日本のギタリストの音を加え、日本版ギター・ゼウス・ジャパンを発表する。参加したギタリストは、ルーク篁高崎晃山本恭司、北島健二、Char、RayZi、はたけ、福田洋也Anchang松尾宗仁野村義男島紀史kATSU&KAZなど。

2000年、アルバムCBA Liveを発表する。このときもメイペックスのセットを使っていた。2001年、キング・コブラを復活させアルバム『ハリウッド・トラシュ』を発表する。

2002年には再結成していた新生ヴァニラ・ファッジがアルバム『リターン』を発表する。最後の「アイム・セクシー」をいかにもサッカー応援歌風のアレンジで録音している。明らかにロッドへのあてつけと思われる。ドラムセットはスリンガーランドに戻っている。

2004年にはパット・トラバースと組み、同年にはアルバム『It Takes a Lot of Balls』を、翌2005年も『Live at the House of Blues』、『Bazooka』とアルバムを発表している。2006年にはカクタスをラスティ・ディ以外のオリジナルメンバーで再結成し、アルバム『V』を発表する。同年10月、ヴァニラ・ファッジがロングアイランド・ミュージック・ホールで殿堂入りをした。

2007年12月、PEARLの結成20周年イベントで声がかかり、名古屋と東京で公演を行った。ドラムセットはスリンガーランドを使用。2008年から『SLAMM』と銘打った打楽器パフォーマンスで若手を引き連れ、2013年頃までロングラン公演活動を行っていた。

2010年7月、マイケル・シェンカー・グループ米国内ツアーに参加した。この時のドラムセットはddrumを使っている。2011年2月、マイケル・シェンカー・グループ中南米ツアー、3月、ヴァニラ・ファッジの米国内活動、5月、中南米でのドラムクリニック、10月、Javier VargasPaul Shortinoとスペインツアーを行った。

2012年2月、ヴァニラ・ファッジの米国内ツアー、3月、Javier Vargas、Paul Shortinoとヨーロッパツアー、4月、カクタスの米国内ツアーから7月のドイツ公演、10月のDrum Warsのヨーロッパツアーの後、12月にはカクタスの初来日公演を行った。この時のドラムセットはddrumを使っていた。

2013年より、ジョー・リン・ターナー、トニーフランクリンとニューアルバムを作成する計画であったが、ギタリストがブルース・キューリック(キッス)、ジェフ・ワトソンと代わり、最終的にカール・コクラン(ジョー・リン・ターナー)に落ち着いて、2014年11月、アルバム『Rated X』を発表した。

2015年12月、ヴァニラ・ファッジとして日本公演を行う予定であったが、直前でキャンセルされた。理由は公表されていない。

ディスコグラフィ

ヴァニラ・ファッジ

  • Vanilla Fudge (1967年)
  • The Beat Goes On (1968年)
  • Renaissance (1968年)
  • Near the Beginning (1969年)
  • Rock & Roll (1970年)
  • The Best of Vanilla Fudge (1982年) [コンピレーション]
  • Mystery (1984年)
  • ヴァニラ・ファッジ・ライブ - The Best of Vanilla Fudge-Live (1991年) [ライブ・コンピレーション]
  • ベスト・オブ・ヴァニラ・ファッジ - Psychedelic Sundae: The Best of Vanilla Fudge (1993年) [コンピレーション]
  • リターン - The Return (2002年)
  • Rocks The Universe (2003年)
  • Then and Now (2004年) [コンピレーション]
  • Out Through The In Door (2008年)

カクタス

  • ファースト・アルバム - Cactus (1970年)
  • セカンド・アルバム - One Way ... or Another (1971年)
  • リストリクションズ - Restrictions (1971年)
  • 汗と熱気(カクタス・ライヴ) - 'Ot 'n' Sweaty (1972年) [ライブ]
  • カクトロジー:カクタス・コレクション - Cactology (1996年) [コンピレーション]
  • Fully Unleashed: The Live Gigs (2004年) [ライブ]
  • Barely Contained: The Studio Sessions (2004年)
  • V (2006年)

ベック・ボガート & アピス

ジェフ・ベック

トミー・ボーリン

  • 魔性の目 - Praivate Eyes (1976年)
  • Bottom Shelf (1997年) [コンピレーション]

KGB

  • KGB (1975年)
  • Motion (1976年)

ロッド・スチュワート

カーマイン・アピス

  • Rockers (1981年)
  • V8 (2002年)

テッド・ニュージェント

  • Nugent (1982年)
  • Little Miss Dangerous (1986年)

キング・コブラ

  • レディ・トゥ・ストライク - Ready To Strike (1985年)
  • 街角のスリル - Thrill of a Lifetime (1986年)
  • King Kobra III (1988年)
  • The Lost Years (1999年)
  • ハリウッド・トラッシュ - Hollywood Trash (2001年)
  • Number One (2005年)
  • KING KOBRA (2011年)

ブルー・マーダー

ジョン・サイクス

  • ニュークリア・カウボーイ - Nuclear Cowboy (2000年)

ジェフ・ワトソン

  • ローン・レンジャー - Lone Ranger (1992年)

マザーズ・アーミー

  • マザーズ・アーミー - Mothers Army (1993年)
  • プラネット・アース - Planet Earth (1997年)

ギター・ゼウス

  • ギター・ゼウス〜神々の饗宴〜 - Guitar Zeus (1995年)
  • ギター・ゼウス II - Guitar Zeus 2 (1997年)
  • ギター・ゼウス・ジャパン - Guitar Zeus Japan (1999年)
  • Guitar Zeus 2001 (2001年)
  • Guitar Zeus Korea (2002年)
  • Ultimate Guitar Zeus (2006年)

パール

  • パール - Pearl (1997年)
  • 4 インフィニティー - 4 Infitiny (1998年)
  • Pearl Live in Japan (1999年)

TNA (パット・トラヴァース & アピス)

  • It Takes a Lot of Balls (2004年)
  • Live at the House of Blues (2005年)
  • Bazooka (2005年)

その他

ヤン・アッカーマン
流浪の神殿 - Tabernakel (1974年)
Flash Fearless
Flash Fearless vs The Zorg Women (1975年)
スタンリー・クラーク
Modern Man (1978年)
ポール・スタンレー
ポール・スタンレー - Paul Stanley (1978年)
レス・デューデック
レス・デューデック - Ghost Town Parade (1978年)
カルメン・マキ
ナイトストーカー - Night Stalker (1979年)
エリック・カルメン
トゥナイト・ユーアー・マイン - Tonight You're Mine (1980年)
エディ・マネー
Playing for Keeps (1980年)
ロン・ウッド
1234 - 1234 (1981年)
ティム・ボガート
Master's Brew (1983年)
DNA(リック・デリンジャー & アピス)
Party Tested (1983年)
Chris Mancini
No Strings (1983年)
ヒア・アンド・エイド
スターズ - Stars (1986年)
ピンク・フロイド
- Momentary Lapse of Reason (1987年)
ブラッド・ギルス
ギルロック・ランチ - Gilrock Ranch (1993年)
マーティ・フリードマン
トゥルー・オブセッションズ - True Obsession (1996年)
Dragon Attack
A Tribute to Queen (1997年)
スチュアート・スミス
ヘブン・アンド・アース - Heaven and Earth (1999年)
CBA (Char, Bogert and Appice)
CBA Live (2000年)
DBA (Derringer, Bogert and Appice)
Doin' Bussiness as... (2001年)
Cozy Powell Forever
Tribute (2001年)
Skill and a Shout it lets out (福田洋也
Japanese Hard Rock - Heavy Metal Compilation (2002年)
Anita
Skill and a Shout It Lets Out (2002年)
ダニー・ジョンソン
Over Cloud Nine (2004年)
マイケル・シェンカー
テンプル・オブ・ロック - Temple of Rock (2011年)
VBA (Vargas, Bogert and Appice)
Vargas Bogert & Appice (2011年)
RATED X
Rated X (2014年)

DVD・LD・ビデオ(音楽)

ボ・ディドリー
20th Anniversary of Rock N' Roll (1976年)
ロッド・スチュワート
Rod Stewart live at the L.A. Forum (Warner) (1981年)
リック・デリンジャー
Rock Spectacular (Warner) (1982年)
スターズ
Hear'n AID - ウイ・アー・ザ・ワールド2 (松竹) (1986年)
Carmine Appice Vinnie Appice
Drumwars: The Ultimate Battle Carmine Appice Vinnie Appice (1995年)
PEARL
PEARL Live - East meets West (Polydor) (1997年)
Vanilla Fudge
Live at Rockpalast 2004年 (Columbia) (2004年)
トラバース & アピス
TRAVERS & APPICE Live (Escapi) (2005年)
Cactus
Cactus V Live Bootleg (2006年)

DVD・LD・ビデオ(映画)

  • Black Roses (松竹)(1987年)
  • Chasing Destiny (MTI)(1998年)

書籍

  • Carmine Appice Presents the Drum Superstars: From Circus Magazine's "Drum Beat" (1990年)
  • バンドスコア ギターゼウスジャパン (2000年)
  • Ultimate Play-along Drum Trax: Carmine Appice Guitar Zeus (Ultimate Play-Along) (2004年)

教則関連

DVD

  • Ultimate Realistic Rock (2007年)
  • Drum Master Class (2007年)
  • Sneak Peek! Classic Rock Drum Solos (Hudson)(2007年)

ビデオ

  • Rock Drum Clinic (Siver Eagle)(1987年)
  • Drum Clinic (Power Rock)(1988年)
  • Realistic Rock (Power Rock)(1992年)
  • Drum Master Class (Hot Ricks)(1996年)

  • Updated Realistic Rock Drum Method (1979年)
  • カーマイン・アピス ロック・ドラム教室 (1981年)
  • Realistic Double Feet (1983年)
  • Realistic Reggae Rock (1983年)
  • Realistic Hi-Hat (1983年)
  • Rudiments to Rock (1995年)
  • カーマインアピスのロックドラム講座 (1998年)
  • The Ultimate Realistic Rock Drum Method (2000年)
  • Realistic Rock for Kids (2002年)
  • Realistic Drum Fills: Replacements (2011年)

脚注

  1. Huey, Steve. Vanilla Fudge”. AllMusic. 2021年7月1日閲覧。
  2. Newsom, Jim. Cactus”. AllMusic. 2009年2月15日閲覧。

関連項目

外部リンク

This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.