S.N.P.J.

S.N.P.J.はアメリカ合衆国 ペンシルベニア州ローレンス郡の行政区(ボロ)の一つ。1977年の設立時の人口は13人。ペンシルベニア州の正式な行政区としては人口最小。独立の目的として、公式には別のものが提出されているが、実際には条例で禁止されている酒類を週末のパーティーで提供するためだったと言われている。

S.N.P.J., Pennsylvania
基礎自治体(ボロ)
ペンシルバニア州道108号線(英語版)に立つ歓迎看板
ペンシルバニア州道108号線に立つ歓迎看板
S.N.P.J.(図左下からやや北の赤色)はノース・ビーバー・タウンシップに取り囲まれている。ノース・ビーバー・タウンシップ内にはS.N.P.J.と別の自治体ベッセマー(英語版)もある。
S.N.P.J.(図左下からやや北の赤色)はノース・ビーバー・タウンシップに取り囲まれている。ノース・ビーバー・タウンシップ内にはS.N.P.J.と別の自治体ベッセマーもある。
S.N.P.J.の位置(ペンシルベニア州内)
S.N.P.J.
S.N.P.J.
ペンシルベニア州の位置
S.N.P.J.の位置(アメリカ合衆国内)
S.N.P.J.
S.N.P.J.
合衆国内の位置
座標:北緯40度55分44秒 西経80度29分55秒
国 アメリカ合衆国
州 ペンシルベニア州
郡 ローレンス郡
設立 1978年
政府
 • 市長 Gerald Sankovich
面積
 • 合計 0.78 mi2 (2.01 km2)
 • 陸地 0.75 mi2 (1.94 km2)
 • 水域 0.03 mi2 (0.07 km2)
最高標高
[2] (北東端)
1,250 ft (380 m)
最低標高 1,055 ft (322 m)
人口
(2020)
 • 合計 18人
等時帯 UTC-4 (EST)
 • 夏時間 UTC-5 (EDT)
市外局番 724
FIPS code 42-71620
GNIS feature ID 2390560
ウェブサイト snpjrec.com

S.N.P.J.はスロベニア国民福利厚生協会 (Slovenska Narodna Podporna Jednota) の略だが、行政区としてのS.N.P.J.はこの協会が運営するレクレーションセンターであり、協会本部ではない。

ペンシルベニア州法は1992年に改正され、行政区が独立するためには最低500人が必要であるとされた。しかしS.N.P.J.は既得権として、有権者が存在する限りは存続が認められている[3]。

登録上の人口は年により12~19人と変動している。

歴史

スロベニア国民福利厚生協会は、この土地を1966年に購入した[4]。

1977年、スロベニア国民福利厚生協会は、このレクレーションセンターの敷地をノース・ビーバー・タウンシップから独立した自治体として認めるよう申請した。独立の目的は「(スロベニア人共同体を)独自のペースで発展させ、外部の影響を受けないようにすること(develop at its own pace and remain free from outside influences)」とされた。独立反対運動も起こったが、7月26日に裁判所の判断で独立が認められた[4]。設立時の人口は13人だった。設立以来、この行政区に独自の条例はなく、独自の徴税もない。警察や消防などはノース・ビーバー・タウンシップの設備に依存している[4]。

しかし実際の設立目的は、このレクレーションセンターがあったノース・ビーバー・タウンシップの条例を逃れて、週末のパーティーで酒類を提供することだったと言われている。1982年9月のUPI通信社の記事には「主に酒類提供の免許を取得するために誕生した(Born largely out of the need for a liquor license)」と書かれている。ただし同じUPIの記事には当時のS.N.P.J.市長のコメントとして「設立はスロベニア人コミュニティを作るのが目的であり、酒類の提供は少し後のことである」と書かれている。この1982年時点の人口は11人。年間予算350ドルだった[5]。なお、ノース・ビーバー・タウンシップで禁止されているのは日曜日の酒類の販売のみであり、飲酒自体は禁止されていない。S.N.P.J.が独立して酒類が販売されるまでは、パーティー参加者が持参していた[6]。

1988年の市長はJoe Cvetas。ワシントン・ポストは「ポルカ以外は何もしない町」としてこの町を紹介している[6]。

2000年米国国勢調査の際は、S.N.P.J.自治体からは人口大人12人、子供2人と報告されていたが[4]、調査員が訪れたときにたまたま全員留守だったため、一度は人口0とされた[3]。

市長

  • Pat Chiaro (1981, 1982)[5]
  • Joe Cvetas (1988)[6]
  • Gerald Sankovich (2019)[7]

人口動態

人口推移
年人口%±
198016
—
199012−25.0%
20001416.7%
20101935.7%
202018−5.3%
Sources:[8][9][10]

住民は少ないが、毎年7月の第2週末に、10,000人を超える人々がスロベニアフェストのためにSNPJに集まる[4]。

設備

SNPJレクレーションセンターのウェブサイトによれば、1965年に開設し、SNPJメンバーが日帰りから数カ月の滞在まで利用している。20エーカー (8.1 ha)の湖、60のキャビンがある。

1976年にスロベニア博物館が開館しており、1904年以来のSNPJの歴史の記録が展示されている[11]。

参考文献

  1. “2019 U.S. Gazetteer Files”. United States Census Bureau. 2020年7月28日閲覧。
  2. “Hickory Run Topo Map, Lawrence County PA (Bessemer Area)” (英語). TopoZone. Locality, LLC. 2019年9月5日閲覧。
  3. “Pennsylvania Hamlet’s Population Is Officially Zero--but Who’s Counting?”. latimes.com. (2001年3月18日). https://www.latimes.com/archives/la-xpm-2001-mar-18-mn-39193-story.html 2022年2月13日閲覧。
  4. Kara Zinger (Spring 2009). “Population Zero: S.N.P.J. Borough”. 2022年2月12日閲覧。
  5. “Don't try to pronounce SNPJ -- the name of...”. upi.com. (1982年9月7日). https://www.upi.com/Archives/1982/09/07/Dont-try-to-pronounce-SNPJ-the-name-of/2358400219200/ 2022年2月13日閲覧。
  6. “THE TOWN THAT DOES NOTHING BUT POLKA”. washingtonpost.com. (1988年9月29日). https://www.washingtonpost.com/archive/lifestyle/1988/09/29/the-town-that-does-nothing-but-polka/a37ecb4f-f29a-4f99-bcec-e40743f00ab5/ 2022年2月12日閲覧。
  7. “Slovenefest opens the reign of Miss SNPJ 2020”. snpj.org. (2019年7月24日). https://snpj.org/app/uploads/2020/04/July-24-2019.pdf 2022年2月13日閲覧。
  8. “Census of Population and Housing”. U.S. Census Bureau. 2013年12月11日閲覧。
  9. “U.S. Census website”. United States Census Bureau. 2008年1月31日閲覧。
  10. “Incorporated Places and Minor Civil Divisions Datasets: Subcounty Resident Population Estimates: April 1, 2010 to July 1, 2012”. Population Estimates. U.S. Census Bureau. 2013年6月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年12月11日閲覧。
  11. “SNPJ is actually a borough in Lawrence County but it's also home to one of the most unique heritage museums in the area”. wkbn.com. (2019年6月28日). https://www.wkbn.com/news/local-news/heard-of-snpj-the-slovenian-heritage-destination-you-might-not-know-about/ 2022年2月12日閲覧。

外部リンク

This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.