これが決定版!プロ野球珍プレー好プレー
『これが決定版!プロ野球珍プレー好プレー』(これがけっていばんプロやきゅうちんプレーこうプレー)は、日本テレビ系列の「木曜スペシャル」内で1980年後期~1993年まで年2回(夏頃・年末)放送されていたスポーツバラエティ特別番組。
| これが決定版!プロ野球珍プレー好プレー | |
|---|---|
| ジャンル | バラエティ番組 |
| 出演者 | 一覧を参照。 |
| 製作 | |
| 制作 | 日本テレビ |
| 放送 | |
| 放送国・地域 | |
| 放送期間 | 1980年代 - 1993年 |
概要・番組内容
毎回、プロ野球12球団の中で特に活躍した選手をスタジオに招きトークを聴くだけでなく、試合の中であった様々な要素を既製パロディなどに見立てて紹介する。特に乱闘シーンの特集では毎回大河ドラマ風の「戦国絵巻」ドラマに見立てて取り上げられた。
VTRごとに担当ナレーションが違うのも特徴で、選手や監督などの吹き替えなどもやっていた。
1993年上半期の放送では選手は一人も呼ばれず、代わりに関根勤、やしきたかじん、マルシアなど芸能人がスタジオに出演していた。 1993年下半期の放送では『劇空間プロ野球'93』のテーマソングだった「果てしない夢を」がエンディングテーマに使用された。
出演者
司会
- 長嶋茂雄 - 1980年代後期
- 徳光和夫 - 1980年代後期
- 村上里佳子 - 1980年代後期
- 三宅裕司
- 所ジョージ - 1990年上半期
- 高田純次 - 1990年末
- 渡辺徹
- 渡辺正行
- 井森美幸
- 吉田填一郎
ほか
スタッフ
- 構成:須藤好造、八田辰夫、岩井田利治、庵原太郎、植木幹雄、村上知行、伊東雅司、小原由美子、高見孔二、長田充、島崎哲平、長谷川勝士、竹田康一郎、すずまさ
- デザイン:田原英二、道勘英樹
- 広報:染井将吾、河村良子、松村紀子、大関雅人
- 取材協力:讀賣テレビ放送、中京テレビ放送、広島テレビ放送、福岡放送ほか
- プロデューサー:武藤幸恵、稲塚秀孝、河野直樹、田中晃、望月成也
- スポーツ局:松垣吉晃、松村正信、橋本憲二、岩崎晃、石尾栄二、桜井純一
- 演出:小林達雄、佐藤謙治、石橋英夫、須沼望
- 総合演出:佐藤孝吉
- チーフプロデューサー:高橋靖二、篠崎安雄
- 制作:高橋進、神戸文彦、重松修
- 制作協力:タキオン、日企
- 製作著作:日本テレビ
エピソード
- シーズン途中でも選手が出演する事が多く、1990年の上半期の放送時のセ・リーグは読売ジャイアンツが独走していたが、それについて問われた落合博満(当時中日ドラゴンズ)は「仕方ないです」と、他人事のような発言をしていた。
- 1990年の日本シリーズは西武ライオンズが4連勝で日本一になり、番組の冒頭から西武の選手がインタビューを受けていたが、司会の高田純次は「日テレなんでジャイアンツ(のVTR)から行かないと蹴りが飛んできますので」と説明し、笑いを誘った。
- 1990年末の放送で篠塚利夫(読売ジャイアンツ)と内藤尚行(ヤクルトスワローズ)が共演。二人はこの年の開幕戦で疑惑のホームラン(詳細は大里晴信を参照)の因縁があった。あらためて問われた篠塚は「(あれは)ファールでしょうね」とあっさり答え、内藤は苦笑していた。
- 1991年の放送で、ルーレット(ネームプレートの電球が光る)に当たった選手が答えづらい質問に必ず答えなければならないという企画を行ったが、落合博満は自分に当たらないように電球を外してしまった。これに伴い、翌年から「去年にズルをした奴がいるから」と槍玉に挙げられて、帽子に付いたボールが光るタイプに変更した。
- 1992年の放送に出演したウインタース(日本ハムファイターズ)は、自ら持参したひもスプレーを撒き散らして暴走したり、特技を披露したりした。自称「ヘンナ外人ネ」。
脚注・出典
関連項目
- プロ野球珍プレー・好プレー大賞(フジテレビ) - 当時のライバル番組。
- 勇者のスタジアム・プロ野球好珍プレー - 事実上の後継番組。
- 徳光&所のスポーツえらい人グランプリ
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