すてきな出逢い いい朝8時

『すてきな出逢い いい朝8時』(すてきなであい いいあさはちじ)は、1983年5月7日から2001年9月29日まで、毎日放送の制作により、TBS系列で土曜日の朝に生放送されていたワイドショー・情報番組である。放送時間は、毎週土曜日 8:00 - 9:24(JST)。

すてきな出逢い いい朝8時
ジャンル 情報番組 / トーク番組
出演者 立川清登
うつみ宮土理
野村啓司
西川きよし
西靖
渡辺正行
峰竜太
ほか
製作
制作 毎日放送
放送
放送国・地域日本の旗 日本
放送期間1983年5月7日 - 2001年9月29日
放送時間土曜 8:00 - 9:24
放送枠毎日放送制作土曜朝のワイドショー
放送分84分

特記事項:
2001年3月31日から放送終了までの番組名は『いい朝8時』。

概要

『八木治郎ショー・いい朝8時』の司会者だった八木治郎が、1983年4月18日に出張先の福岡市で急逝。同年5月7日放送分からタイトルを本タイトルに変更して再スタートを切った[1]。八木が亡くなる3週間前からアシスタントを務めていたうつみ宮土理と『八木治郎ショー』放送開始からレギュラー出演していた野村啓司(当時MBSアナウンサー)は引き続き出演。同年8月6日放送分から司会は立川清登に引き継がれ[2]オール阪神・巨人のほかに月亭八方、今いくよ・くるよらもこの時代からレギュラーとして出演、毎回数組のタレント・著名人を迎えてのトークコーナーと料理のミニコーナー、そしてエンディングは出演者全員で「朝食会」[3][4]で構成されていた。

ところが1985年の大晦日に司会の立川も急逝[1][5]、翌1986年1月からはうつみが正式に司会者となり、同年10月からは第14回参議院議員通常選挙に当選したばかりの西川きよしも司会に加わった。きよしは司会就任以前から同じMBSのラジオ『ありがとう浜村淳です土曜日です』のコーナー出演者であったため、スタジオ入りのスケジュールを確保するのは容易であった。この頃から「芸能色」が強くなり、10%程度の安定した視聴率を維持していた。また、その時期には番組での出演者の発言が放送翌日のスポーツ新聞の芸能面で取り扱われることもあった。

1996年3月末を以って『八木治郎ショー』時代からアシスタントを務めた野村が降板し、同年4月からは同じくMBSアナウンサーの西靖にバトンタッチ。西はそれまで番組内で放送されていた江崎グリコの生コマーシャルに出演していた[6]。

更に、1998年6月に長年にわたり司会・レギュラーを務めたきよしが3度目の参議院選挙出馬を機に降板、同年10月改編では渡辺正行を司会陣に起用。次の1999年4月改編では八方に代わりトミーズ雅らをレギュラーに加えるという大刷新が図られる。

また、次回のゲスト紹介に関しては野村が担当し、後任の西も担当していたが、1998年10月より司会を務めるようになってからは渡辺が担当した。

1990年9月に毎日放送が茶屋町の現社屋へ移転し、多くの番組が茶屋町からの放送となった後も本番組は諸々の事情から千里丘にスタジオを置いたまま放送を続けていた。2001年3月、MBSスタジオ in USJが完成。3月31日の本番組の生放送がこけら落としとなるのに合わせて全面リニューアルを行い、『すてきな出逢い』の冠名を外した単に『いい朝8時』となった。峰竜太を司会陣に迎え、WAHAHA本舗出身の柴田理恵や吉本新喜劇の辻本茂雄をレギュラーに加えたものの、MBSは最後まで従来からの芸能人をゲストとするトーク中心の基本姿勢を崩さなかった。また、同年4月14日から当番組の後に『せやねん!』が放送開始した為、トミーズ雅は降板。同時に西アナウンサーも降板となる。

最終的に毎日放送社長(当時)の柳瀬璋は打ち切りを決断。2001年9月29日放送分で『ウィークエンドモーニングショー』から通算35年6か月、『八木治郎ショー』からでも31年9ヶ月続いた番組シリーズはその歴史の幕を閉じた。

最終回はビートたけしがゲストで登場。また、最終回の前の回(同年9月22日放送)には、生放送の有無に関わらず、東京制作を含む全国ネットの番組には原則出演しないやしきたかじんがゲスト出演した。

2001年3月まで使用されていた番組のオープニングテーマ曲はCD「ブロードキャスト・トラックス 毎日放送編」に収録されている。

スポンサーについて

  • 冒頭はあいさつ・ゲストの紹介・出演者全員による「いい朝8時、スタート!!」のコール(1990年3月まではうつみが「いい朝8時、スタートでございます」とコールしていた)→(情報カメラの映像をバックに)番組タイトル→「製作著作・毎日放送」→提供クレジットだったが、2001年4月以降は番組タイトルと提供クレジットを分別した。
  • 朝食会があった頃は後の提供クレジットでは野村がゲスト紹介していて提供スポンサーの読み上げがなかったが、「朝食会」が一旦廃止してからは提供スポンサーの読み上げがあった。なお、廃止前は提供クレジット(前述通り読み上げなし)の後にスタッフロールとエンドカードを表示していたが、それ以降は分別され、スタッフロール→提供クレジット(読み上げあり)→エンドカードの形になった。
  • 1990年中期 - 後期あたりからはそれまでの全編通しから2部に分割した。この体制は「知っとこ!」の放送時間が7:30に変更する前まで続いた(スポンサー入れ替え時の提供クレジットは読み上げなし)。
  • 本番組放送開始からスポンサーの1社である江崎グリコは番組内の生コマーシャルを1999年3月27日まで務めた。
  • 2001年の終了時点では生CMを行ったFONTAINE(現:アデランス)とエルセラーン化粧品の2社が、後番組の『リアルタイム』と『サタモニ!』でも流れていた。
  • しかし、『知っとこ!』放送開始を以ってエルセラーン化粧品、2004年3月27日の放送でFONTAINEがそれぞれ降板している。ただし、FONTAINEは2009年10月3日放送よりスポンサーとして復帰し、2012年9月29日放送まで務めた。

演出

  • 朝食会
  • CM入り前に全国各地の視聴者から寄せられた赤ちゃんの写真を紹介

特別番組による休止について

  • オリンピック中継でTBSが担当する競技の開催時間が本番組の時間帯に重なり休止となったケースがある(1996年のアトランタオリンピックと2000年のシドニーオリンピックが該当)。
  • 1989年1月7日は早朝に昭和天皇の病状が急変し危篤となった事から既にTBS側で「JNN報道特別番組」が編成されていたが、本番組開始直前に昭和天皇の崩御が発表されそのまま臨時編成に差し替えられたため休止となった[7]。予定されていた内容は翌週14日に改めて放送された。

番組名・司会者の変遷

期間番組名司会アシスタント進行アナウンサーチーフレギュラーサブレギュラー
1983.5.71983.7.30 すてきな出逢い いい朝8時 (不在)うつみ宮土理1野村啓司1月亭八方今いくよ・くるよ
1983.8.61986.12.27 立川清登
1985.12.141986.9.27 うつみ宮土理(不在)
1986.10.41996.3.30 西川きよし2
1996.4.61998.6.27 西靖3ハイヒール・モモコ松居直美4
1998.7.41998.9.26 渡辺正行5
峰竜太5
1998.10.31999.3.27 渡辺正行6
1999.4.31999.9.25 トミーズ雅シャンプーハット
1999.10.22000.4.1 月亭八光山田まりや
2000.4.82000.9.30 カイヤ
2000.10.72001.3.24 (不在)
2001.3.312001.9.29 いい朝8時峰竜太(不在)(不在)柴田理恵辻本茂雄

補足

  • 1 『八木治郎ショー・いい朝8時』から続投。
  • 2 1992年6月〜9月まで参議院議員選挙出馬のため一時降板(この間はうつみ・野村のコンビで司会を担当)。
  • 3 産休の半年間は大河内奈々子が代役を務めた。
  • 4 隔週で出演。
  • 5 きよし降板による代理司会から昇格。
  • 6その後、朝番組の出演は本番組降板から21年後の2022年5月25日に月曜から金曜のTBS制作『ラヴィット!』にゲスト出演した。

  • 野村(当時)・西はMBSアナウンサー。
  • 野村は1991年10月 - 1992年9月まで『きらめきワイド』も担当。
  • 西は1996年10月 - 1998年9月まで『はーい!昼ナマ』も担当。

その他の出演者

すてきな出逢い いい朝8時

主なコーナー

いい男(いい女)だからお客様

俳優や女優1人を迎えてのゲストコーナー。 他のトーク番組同様、番宣や宣伝を兼ねた登場だったが希にそれがないゲストもいた。

スターどっきりチェック

夫婦や友人、お笑いコンビ等2人以上を迎えてのゲストコーナー。

今週の余計なお世話

月亭八方と野村啓司(後に西)が担当。今週の腹が立つ出来事などを紹介してレギュラー陣とゲストが言いたい放題言う形式をとっていた。

お宅でお宝

渡辺正行が芸能人の邸宅を訪問し、お宝を視聴者にプレゼントする形式を採っていた(渡辺がVTRで紹介する形式である)。

本音で勝負!悪友カプセル

自らを悪友・親友同士である芸能人2人以上を迎えてのゲストコーナー。

なんでも聞いちゃおう!

ほか

番組演出

  1. 1983.05-1992.03 真ん中で緑色のロゴが4回、水たまりのように左右に揺れた後、画面左右上下に4箇所に分かれて一度消え、一気に正面へ集まり再びロゴが形成。出たあとにロゴが右下へフェードアウトし、右下から同じく緑色(青色)の「製作著作 毎日放送」(社名ロゴはこの間の茶屋町移転後に変更)が登場し上へフェードアウトする。途中、1988年4月からロゴは青色へ変更された。
  2. 1992.04-1994.03 平成になってから初のアニメーション変更およびロゴも1色から「すてきな出逢い」が緑色へ戻され「いい朝8時」がオレンジ色という2色ロゴへ変更。上から緑色の「すてきな出逢い」の部分が一文字ずつ降りてきて画面アップに表示され後、オレンジ色の「いい朝8時」が上から降りてきてロゴが形成。「いい朝8時」の部分に一瞬反射するアニメーションが起こった後に、すべてのロゴが下にフェードアウトし、上からオレンジ色の「製作著作 毎日放送」が登場し画面より消える。
  3. 1994.04-2001.03 「すてきな出逢い」「いい朝」「時」が緑色に「8」の部分が黄色へ変更。左側から時計(MBSのロゴ[8]が入っている)が登場した後、8の部分が拡大されたあとに回転し右側から登場してきた水たまを模した丸い水色の物体が通り過ぎたとともに右から「すてきな出逢い」、左から「いい朝」と「時」が出てきてすべてのロゴが形成、出たあとにすべての文字がバラバラにフェードアウトし、真ん中から白色の「製作著作 毎日放送」が登場し画面より消える。途中、1994年8月20日放送より、時計の色が一部変更され丸い枠と時計針がピンク色から黄色へ、水たまを模した丸い水色の物体も水色から薄い紫色へ変更された。また、1997年4月から食事会が廃止されたの期に、エンディングBGMが変更され、番組テーマはオープニングのみの使用となった。
  4. 2001.03-2001.09 スタジオ移転を期に、1997年以降断片的に替えていたテーマ曲をすべて一新。ロゴも一新し「すてきな出逢い」部分は廃止された。

放映ネット局

放送対象地域 放送局 系列 備考
近畿広域圏 毎日放送 TBS系列 制作局
北海道 北海道放送
青森県 青森テレビ
岩手県 IBC岩手放送
宮城県 東北放送
山形県 テレビユー山形 1989年10月開局から
福島県 テレビユー福島 1983年12月開局から
関東広域圏 TBS
(現:TBSテレビ)
山梨県 テレビ山梨
新潟県 新潟放送
長野県 信越放送
静岡県 静岡放送
富山県 北日本放送 日本テレビ系列 1990年9月まで[9]
チューリップテレビ TBS系列 1990年10月開局から
石川県 北陸放送
中京広域圏 中部日本放送
(現:CBCテレビ)
鳥取県
島根県
山陰放送
岡山県
香川県
山陽放送
(現:RSK山陽放送)
広島県 中国放送
山口県 テレビ山口 1989年4月1日から[10][11]
徳島県 四国放送 日本テレビ系列 本番組の終了をもってMBSのネットから撤退[12][13]
愛媛県 南海放送 1993年9月まで[12]
あいテレビ TBS系列 1993年10月から[14]
高知県 テレビ高知
福岡県 RKB毎日放送
長崎県 長崎放送
熊本県 熊本放送
大分県 大分放送
宮崎県 宮崎放送
鹿児島県 南日本放送
沖縄県 琉球放送

追悼企画

  • 1986年1月4日、前年(1985年)の大晦日に急逝した2代目司会者の立川清登を偲んで、番組内容を変更して立川の追悼特番を放送した。
  • 1989年6月24日、番組内容を大幅に変更し、全編この日未明に急逝した美空ひばりの追悼特番を放送した[1]。

スタッフ

すてきな出逢い いい朝8時
  • 構成:谷川朋彦
  • タイトルロゴデザイン:沢井和男
  • ディレクター:山本実、官崎次根、中野功、守屋昭雄(スタッフ21)、高沖秀明、河野恭也(MBS企画)
  • プロデューサー:本多隆朗(MBS)
  • 制作・著作:毎日放送
いい朝8時
  • ディレクター:登坂琢磨、宮本直明(MBS)
  • プロデューサー:浦川雅至(MBS)
  • チーフプロデューサー:御藤良基(MBS)
  • 製作著作:毎日放送

脚注・出典

  1. 「制作ノートから(101) 毎日放送『すてきな出逢い・いい朝8時』 「番組は人なり」の基本姿勢で / 本多隆朗」『月刊民放』第21巻第2号、日本民間放送連盟、1991年2月1日、31 - 33頁、NDLJP:3471062/16。
  2. 毎日放送40年史編纂室 編『毎日放送の40年 資料編』毎日放送、1991年9月1日、386頁。
  3. 春頃になると「お花見」として桜のセットで食事会となった。
  4. ただし、阪神・淡路大震災発生から1年間は休止された。
  5. 1985年12月7日放送分が最後の出演。12月14日放送分からはうつみ・野村のコンビで司会を担当。
  6. 西の後任は亀井希生、江崎グリコのスポンサー降板までは来栖正之がそれぞれ担当した。
  7. 「TBS 解説加え、多角的・客観的に」『月刊民放』1989年4月号(214)、コーケン出版、34 - 35頁、NDLJP:3471040/18。
  8. 2011年8月まで使用していたロゴ
  9. 後番組はytv制作『これが問題!土曜8時』
  10. 1987年9月まではフジテレビ系列とのクロスネット(ニュースに関してはJNN単独)だったため、その名残で1989年3月までは関西テレビ制作枠の番組を放送していた。
  11. ネット開始初回では、うつみより同局の視聴者向けの挨拶を行った。
  12. 後番組はytv制作『ウェークアップ!』
  13. なお、同局の『ウェークアップ!』へのネット切り替えをもって、JNN非加盟の他系列局(日本テレビ系列局)での本放送枠のネットが終了し、以降はJNN加盟局全28局のみでの放送となっている。
  14. あいテレビは本来なら開局月と同時に移行するが、スポンサーの折り合いで南海放送のまま継続し、1年後に南海放送からあいテレビへと切り替えた。(これは『関口宏のサンデーモーニング』や『地球ZIG ZAG』と同様だった。)

関連項目

  • 毎日放送開局40周年記念特別番組 - 1990年9月1日放送。この日の特別編成では本番組は同局新社屋(大阪市北区茶屋町)を全国に初披露した。
  • 3時のあなた - フジテレビ系列ほかで生放送されていたワイドショー・情報番組。本番組司会者のうつみが水曜日の司会を務めていた(1983年4月から1988年3月までの間は本番組と掛け持ち状態であった)。なお岩手放送、四国放送では両方視聴できた。アシスタントを務めていた牧原俊幸アナウンサーが当番組のCM前の赤ちゃん写真のコーナーに実子の写真を投稿し取り上げられたことがある。

外部リンク

毎日放送制作 土曜朝のワイドショー
前番組 番組名 次番組
すてきな出逢い いい朝8時
↓
いい朝8時
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