アウグスト・フォン・ザクセン

生涯

アウグストは、ザクセン選帝侯クリスティアン1世(1560年 - 1591年)とブランデンブルク選帝侯ヨハン・ゲオルクの娘ゾフィー・フォン・ブランデンブルク(1568年 - 1622年)との間に末息子として生まれた。兄クリスティアン2世およびヨハン・ゲオルク1世はザクセン選帝侯となった。ヨハン・ゲオルク1世より年間21,000フローリンの年金とゼンフテンベルクを与えられた[1]。

アウグストはヴィッテンベルク大学を卒業した。そこでは、ヴォルフガング・ヒルシュバッハがアウグストの教育を指導する任務を与えられた。アウグストは1601年の冬から1606年まで大学総長の職を務めた[2]。ただし学術面については副総長が担当した。

1612年1月1日、ブラウンシュヴァイク=ヴォルフェンビュッテル公ハインリヒ・ユリウスの娘エリーザベト・フォン・ブラウンシュヴァイク=ヴォルフェンビュッテル(1593年 - 1650年)とドレスデンで結婚した。 エリザベートは流産を繰り返し、2人の間には子供がいなかった。

アウグストはドレスデンにおいて26歳で急死し、フライベルク大聖堂に埋葬された。

脚注

  1. Böttiger 1831, p. 82.
  2. Stichart 1854, p. 192.

参考文献

This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.