アンリ1世 (フランス王)

生涯

フランス北東部、シャンパーニュ地方のランスで生まれた。1017年から1031年までブルゴーニュ公となる。1027年5月14日、早世した兄ユーグに代わる父王の共同君主としてランスのノートルダム大聖堂で戴冠式を挙行し、その4年後の1031年に父王の崩御により単独のフランス王に即位した。

即位後も、末弟ロベールを支持する母妃の反乱やブロワ伯ウード2世の抵抗を受け、ロベールにブルゴーニュ公を譲って事態の収束を図った[2]。後に、このとき支援を受けたアンジュー伯ジョフロワ2世(ジョフロワ・マルテル)やノルマンディー公ギヨーム2世の台頭を許すこととなる[3]。

アンリ1世はコンラート2世の娘マティルデと婚約したが、マティルデは1034年に薨去した。同年のうちにフリースラント辺境伯リウドルフの娘マティルダと結婚したが、マティルダも1044年に死去した[4]。のち、1051年5月19日にキエフ大公ヤロスラフ1世の娘アンナと再婚し、第4代国王となるフィリップ1世、ヴェルマンドワ家の祖ユーグをもうけた。

1060年8月4日崩御し、サン=ドニ大聖堂に埋葬された。

脚注

  1. アンリ1世 - Find a Grave(英語)
  2. 佐藤、p. 47
  3. 佐藤、p. 48
  4. ペルヌー、p. 289

参考文献

  • 佐藤賢一 『カペー朝 フランス王朝史1』 講談社現代新書、2005年
  • レジーヌ・ペルヌー 『中世を生きぬく女たち』 白水社、1988年
先代
ロベール2世
フランス国王
1031年 - 1060年
次代
フィリップ1世
先代
オット=ギヨーム
ブルゴーニュ公
1016年 - 1032年
次代
ロベール1世
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