インターコンチネンタルカップ (サッカー)1985

インターコンチネンタルカップ1985は、1985年12月8日に東京の国立霞ヶ丘競技場陸上競技場で開催された、サッカー世界一決定戦である。トヨタ ヨーロッパ/サウスアメリカ カップ(トヨタカップ)の名称での開催は6回目。PK戦の末、ユヴェントスが優勝を果たした[1]。

インターコンチネンタルカップ1985
延長PK戦4-2でユヴェントスが勝利
開催日 1985年12月8日
会場 国立霞ヶ丘競技場陸上競技場(東京)
最優秀選手 フランスの旗 ミシェル・プラティニ
主審 西ドイツの旗 フォルカー・ロート
観客数 62,000人
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試合

概要

アルヘンティノスがカルロス・エレロスの得点で先制、63分にミシェル・プラティニがPKを決めて同点とした。68分にプラティニが相手DFを巧みにかわしてボレーシュートを決めたが、これはオフサイドの判定で得点が認められなかった[2]。75分にアルヘンティノスはホセ・アントニオ・カストロのゴールで勝ち越す、82分にプラティニのパスからミカエル・ラウドルップがGKをかわしてゴールを挙げ、2-2の同点に追いついた[3]。延長戦でも決着が付かず、PK戦に突入、ステファノ・タッコーニがアルヘンティノスのシュート2本を防ぎ、ユヴェントスが優勝を果たした[4]。

詳細

ユヴェントス
アルヘンティノス
GK1イタリアの旗 ステファノ・タッコーニ
RB2イタリアの旗 ルチアーノ・ファヴェーロ
CB5イタリアの旗 セルジオ・ブリオ
SW6イタリアの旗 ガエターノ・シレア captain64分に交代退場 64分
LB3イタリアの旗 アントニオ・カブリーニ
RW7イタリアの旗 マッシモ・マウロ警告78分に交代退場 78分
CM4サンマリノの旗 マッシモ・ボニーニ
CM8イタリアの旗 リオネッロ・マンフレドーニア
AM10フランスの旗 ミシェル・プラティニ警告
CF9イタリアの旗 アルド・セレーナ
SS11デンマークの旗 ミカエル・ラウドルップ
控え選手:
GK12イタリアの旗 ルチアーノ・ボディーニ
DF13イタリアの旗 ステファノ・ピオリ64分に交代出場 64分
MF14イタリアの旗 ガブリエーレ・ピン
FW15 イタリアの旗 マルコ・パチョーネ
FW16イタリアの旗 マッシモ・ブリアスキ78分に交代出場 78分
監督:
イタリアの旗 ジョバンニ・トラパットーニ
GK1アルゼンチンの旗 エンリケ・ビダジェ
RB4アルゼンチンの旗 カルメロ・ビジャルバ
CB2アルゼンチンの旗 ホセ・ルイス・パボーニ
CB6アルゼンチンの旗 ホルヘ・オルギン
LB3アルゼンチンの旗 アドリアン・ドメネチ captain
RM10アルゼンチンの旗 エミリオ・コンミッソ82分に交代退場 82分
CM5アルゼンチンの旗 セルヒオ・バティスタ
LM8アルゼンチンの旗 マリオ・ビデラ警告
RW7アルゼンチンの旗 ホセ・アントニオ・カストロ
CF9アルゼンチンの旗 クラウディオ・ボルギ警告
LW11アルゼンチンの旗 カルロス・エレロス117分に交代退場 117分
控え選手:
GK12パラグアイの旗 セサル・ロベルト・メンドーサ
DF13アルゼンチンの旗 ホルヘ・ペジェグリーニ
MF14アルゼンチンの旗 フアン・ホセ・ロペス117分に交代出場 117分
DF15アルゼンチンの旗 ミゲル・アンヘル・レンメ
MF16アメリカ合衆国の旗 レナト・コルシ警告82分に交代出場 82分
監督:
アルゼンチンの旗 ホセ・ジュディカ

脚注

  1. “トヨタカップの歴史”. 日本テレビ. 2022年3月13日閲覧。
  2. “32年前に日本で生まれた伝説 将軍プラティニ“幻のゴール”「忘れることは不可能」”. フットボールゾーン (2017年12月8日). 2022年3月13日閲覧。
  3. “Coppa Intercontinentale 1985: JUVENTUS” (イタリア語). ストーリエディカルチョ. 2022年3月13日閲覧。
  4. “Intercontinental 1985” (スペイン語). アルヘンティノス・ジュニアーズ. 2022年3月13日閲覧。
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