オットー・ペレス・モリーナ

オットー・フェルナンド・ペレス・モリーナ(スペイン語: Otto Fernando Pérez Molina、1950年12月1日[1] - )は、グアテマラの軍人、政治家。2012年から2015年までグアテマラの大統領をつとめた。

オットー・ペレス・モリーナ
Otto Pérez Molina

公式の肖像

グアテマラの旗 グアテマラ
大統領
任期 2012年1月14日 – 2015年9月3日
副大統領 ロクサーナ・バルデッティ(2012–2015)
アレハンドロ・マルドナド・アギーレ(2015)

グアテマラの旗 グアテマラ
大統領首席補佐官
任期 1993年1月14日 – 1995年1月14日
元首 ラミーロ・デ・レオン・カルピオ

出生 (1950-12-01) 1950年12月1日(73歳)
グアテマラの旗 グアテマラ、グアテマラシティ
政党 愛国党
配偶者 ローサ・マリーア・レアル

1990年代に軍事情報部長やラミーロ・デ・レオン・カルピオ大統領の首席補佐官、グアテマラ和平協定の軍首席代表を務めた[2]。2001年に愛国党を設立して政界入りし、2003年に国会議員、2011年に大統領に当選した[3]。大統領としての政策のなかでは、薬物の合法化が議論を呼んでいる[4]。 ペレスは2015年9月3日の逮捕以来、拘留され続けている。[5][6]

経歴

グアテマラ国立士官学校[7]、アメリカ陸軍米州学校(現在の西半球安全保障協力研究所)[8]、米州防衛大学を卒業[9]。グアテマラ陸軍では血も涙もないことで名高い特殊部隊(カイビレスとして知られる)に従軍し、軍事情報部長や陸軍総監を務めた。1983年には陸軍将校団のひとりとして、事実上の大統領であったエフライン・リオス・モントを打倒したオスカル・メヒア国防相のクーデターを支えた。

軍事情報部門のトップであった1993年、ホルヘ・セラノ大統領を亡命に追い込んだ。当時セラノは議会を解散し、新しく最高裁判所の判事を任命することで自作自演の逆クーデターを起こそうと画策していた(1993年グアテマラ憲政危機を参照)。後任の大統領には憲法の規定に従って、人権擁護官であるラミーロ・デ・レオン・カルピオが就任した。カルピオはペレスを大統領の首席補佐官に任命し、1995年までその職にあたらせた。30年間にわたるグアテマラ内戦の交渉による解決を支持した[10]ペレスは、軍を代表してグアテマラ民族革命連合(URNG)などのゲリラ勢力との交渉にあたった。両者は1996年、和平協定を結んだ[11]。

1998年から2000年まで米州防衛委員会のグアテマラ代表を務め、2000年1月に活動的な軍務から退役した。

2001年2月24日、ペレスは愛国党を立ち上げた。2003年11月9日に行われた議会選で、愛国党は改革運動と国民連帯党の三党で大国民同盟を形成し49議席を獲得した。

2007年の大統領選挙で、ペレスは愛国党の候補者として Mano dura, cabeza y corazón(揺るぎない手、頭、そして心)のスローガンの下に増加する犯罪への強硬路線を訴え、選挙戦を展開した。9月9日の第一回投票では得票数で2位につけたが、11月4日の第二回投票で国民希望党のアルバロ・コロンに僅差で敗れた[12]。

2011年の大統領選挙では、54%の得票率で当選した[13]。1986年の民政復帰以来、初の軍出身の大統領である。

グアテマラの大統領として初めて出席した[14]国連総会でペレスは、麻薬戦争の失敗は明らかであり、犯罪と資源の浪費につながっているとして、薬物の合法化を提案した[4]。

2015年4月、複数の政府高官が輸入業者に対して便宜を図る見返りに多額の贈賄を受けていた疑惑が発覚[15]。8月までに副大統領や国税庁長官ら30人余りが逮捕され、財務相をはじめ閣僚の三分の一が辞任する事態に発展した[16]。グアテマラ全土で大統領の即時辞任を求めるデモが広がる中、ペレスは疑惑への関与を否定し辞任を拒否し続けた[17]。

8月22日、ペレスは汚職を主導したとしてグアテマラ検察により刑事告発され、9月1日には議会で大統領不逮捕特権を剥奪された[18][19]。9月3日、検察はペレスに対する逮捕状を発行し、同日ペレスは大統領の辞任を発表した[20]。

人権侵害の疑惑

大量虐殺と拷問の容疑

アメリカ国家安全保障アーカイブを元に作成された2011年の報告書には、モント軍事独裁政権下の1980年代にペレスが焦土作戦を行ったとある[21]。それによると、ペレスは1982年から翌年にかけて、イシル族のコミュニティにおける暴動鎮圧部隊に命じ、村々の80%から90%を徹底的に破壊させた。これによって、少なくとも184名の民間人が殺害されるか行方不明になった[22][23][24]。

2011年7月、先住民団体のワキブ・ケイは、内戦中のキチェ族に対する大量虐殺や拷問にペレスが関与していたことを告発する書簡を国際連合に送付した[25][26][27]。彼らはその証拠として、4人の死体の近くにペレスと思われる人物が映った、1982年の記録映像を挙げた。続くシーンでは部下が、この4人は生きて捕えられ、「少佐(ペレスとされる人物)のところに連行されたのだが、やさしく話しかけてもいじわるしても、口を開こうとしなかった」と述べている[28]。

ペレスは、いかなる残虐行為への関与も否定している。ロイターには「隠し事などない」と述べたほか、内戦中に自身が果たした役割を誇りに思うとも語っている[22]。人権侵害の容疑で告発されたことは一度もないが、ゲリラ兵の指揮官であったエフライン・バマカが1992年に失踪したこと(後述)に関して、グアテマラの最高検察官の主導で2011年に新たに捜査が始まると、その対象となった[29]。

エフライン・バマカ殺害への関与疑惑

1992年、ゲリラ兵の指導者であったエフライン・バマカが失踪した。妻でアメリカ人弁護士のジェニファー・ハーベリーらによる捜査では、当時の軍事情報部長だったペレスが指揮官をとらえ、拷問にかけた可能性が示唆された[30][31][32]。

米州人権委員会の聞き取り調査によると、バマカは1992年3月12日にグアテマラ陸軍に生きたまま捕えられ、その後1993年9月に死亡するまでの一年以上にわたって、裁判なしで秘密裏に拘留・拷問された。CIAの情報提供者は、この拷問や殺害を行った者たちに報酬を支払っていた[33][34]。

ヘラルディ司教殺害への関与疑惑

アメリカ合衆国のジャーナリスト、フランシスコ・ゴールドマンは著書 The Art of Political Murder: Who Killed the Bishop? の中で、1998年4月にカトリック司教で人権活動家のフアン・ホセ・ヘラルディ・コネデーラが虐殺された現場から数ブロックのところに、ペレスが2人の高級官僚とともに住んでいる可能性があると述べ、これは暗殺を指揮するためだったとしている。1980年から1983年までキチェ族の司教を務めていたヘラルディは国連の歴史解明委員会の人権報告書の作成を手助けし、それが公表された2日後に殺害された[35]。

家族や関係者に対する攻撃

2000年11月10日、妻と幼い娘とともにドライブに出ていたペレスの息子、オットー・ペレス・レアルが殺し屋に襲撃された。2001年2月21日には新党結成を三日後に控えていたペレスも覆面の殺し屋に襲われ、娘のリセッテが負傷した。さらに同じ日、ペレスの妻のローサ・マリーア・レアルに用事があったパトリシア・カステジャーノス・デ・アギラールが自宅を出た瞬間、覆面の殺し屋に撃たれて殺害された。人権団体は、これらの攻撃は政治的な動機によるものであると主張している[36][37]。

2007年の大統領選挙では、数名の愛国党員が武装集団に殺害された。犠牲者の中にはペレスの補佐官で、党国会議員団の幹事長を務めていた先住民女性のアウラ・マリーナ・サラサール・クッツァルも含まれていた[38][39]。

脚注

  1. Otto Pérez Molina. elperiodico.com.gt (in Spanish)
  2. “Ex-General Elected President In Guatemala”. National Public Radio (2011年11月6日). 2011年11月6日閲覧。
  3. “The summit of muted intentions”. Aljazeera.com. (2013年3月31日). http://www.aljazeera.com/indepth/opinion/2012/03/2012327125714281880.html
  4. Menchu, Sofia (2021年5月19日). “Guatemala detains anti-graft crusaders as U.S. pushes for rule of law”. Reuters. https://www.reuters.com/world/americas/guatemala-detains-ex-tax-chief-who-took-oligarchs-2021-05-19/ 2021年6月7日閲覧。
  5. “Former Guatemala leader Otto Pérez Molina to face trial” (2017年10月28日). 2021年2月11日閲覧。
  6. Otto Pérez Molina. partidopatriota.com.gt
  7. “Notorious Guatemalan School of the Americas Graduates”. Derechos.org. 2011年9月13日閲覧。
  8. “Apoyo Crónica Guatemala.- Otto Pérez Molina, el general retirado que apuesta por "mano dura" para resolver los problemas.” (Spanish). Europapress.es (2007年9月8日). 2011年9月13日閲覧。
  9. CERIGUA Weekly Briefs, Feb. 21, 1994
  10. “Guatemala heads for run-off vote”. BBC News. (2007年9月10日). http://news.bbc.co.uk/1/hi/world/americas/6986834.stm 2011年9月13日閲覧。
  11. “Ex-general wins Guatemalan presidential election”. CBS News (2011年11月6日). 2011年11月6日閲覧。
  12. “Guatemalan President Argues Drug Legalization and Calls Out US Anti-Drug Effort”. Fox News Latino. (2012年9月27日). オリジナルの2012年10月4日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20121004105551/http://latino.foxnews.com/latino/politics/2012/09/27/guatemalan-president-argues-drug-legalization-and-calls-out-us-anti-drug-effort
  13. “汚職関与で大統領捜査へ 中米グアテマラ検察”. 産経ニュース. (2015年8月22日). オリジナルの2015年9月3日時点におけるアーカイブ。. https://archive.is/zQdpZ
  14. “グアテマラ財務相が辞任、汚職事件の波紋広がる”. ロイター. (2015年8月25日). http://jp.reuters.com/article/2015/08/25/guatemala-corruption-idJPKCN0QU0TD20150825
  15. “大統領辞任求め大規模デモ=汚職疑惑で狭まる包囲網-グアテマラ”. 時事通信. (2015年8月28日). オリジナルの2015年9月25日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20150925045905/http://www.jiji.com/jc/zc?k=201508/2015082800210
  16. “グアテマラ大統領を収賄容疑で刑事告発 汚職を主導か”. 朝日新聞デジタル. (2015年8月22日). http://www.asahi.com/articles/ASH8Q4PT2H8QUHBI01K.html
  17. “グアテマラ大統領に逮捕状、出国禁止に 汚職疑惑で”. CNN. (2015年9月3日). http://www.cnn.co.jp/world/35069913.html
  18. “グアテマラ大統領辞職へ 収賄容疑で逮捕状”. 共同通信. (2015年9月3日). http://www.47news.jp/CN/201509/CN2015090301001404.html
  19. Emily Willard (2011年11月14日). “Otto Pérez Molina, Guatemalan President-Elect, with "Blood on his hands"”. The National Security Archives. 2012年1月16日閲覧。
  20. Mica Rosenberg and Mike McDonald (2011年11月11日). “New Guatemala leader faces questions about past”. Reuters. 2012年1月16日閲覧。
  21. “Guatemala Human Rights Commission”. Guatemala Human Rights Commission (2011年9月27日). 2012年1月16日閲覧。
  22. “Exclusive: Allan Nairn Exposes Role of U.S. and New Guatemalan President in Indigenous Massacres”. Democracy Now! (2013年4月19日). 2014年2月12日閲覧。
  23. “Allegation Letter sent to UN”. Guatemala Human Rights Commission (2011年7月6日). 2012年1月16日閲覧。
  24. Ian Bremmer (2011年7月21日). “In Guatemala, troubles ahead and troubles behind”. Foreign Policy. 2011年7月23日閲覧。
  25. “Denuncian a Pérez Molina por genocidio y tortura de indígenas en Guatemala” (Spanish). Europa Press (2011年7月20日). 2012年1月16日閲覧。
  26. Asier Andrés (2011年7月7日). “Harbury pide a relator de ONU que investigue a Pérez”. El Periodico de Guatemala. 2012年1月16日閲覧。
  27. Nicolas Casey (2011年11月5日). “Raging Drug War Boosts Controversial Ex-General”. Wall Street Journal. 2012年1月16日閲覧。
  28. Interactive graphic (2011年11月5日). “Portrait of a General: Timeline of General Otto Perez Molina”. Wall Street Journal. 2012年1月16日閲覧。
  29. Democracy Now! (2011年9月17日). “Youtube interview with Jennifer Harbury”. Youtube. 2011年9月17日閲覧。
  30. Amy Goodman (2011年9月17日). “Genocide-Linked General Otto Pérez Molina Poised to Become Guatemala’s Next President”. Democracy Now!. 2011年9月17日閲覧。
  31. Guatemala Human Rights Commission/USA (2010年6月8日). “The Bamaca Case - an 18-year Struggle for Justice”. Guatemala Human Rights Commission/USA. 2012年1月16日閲覧。
  32. Megan Hagler and Francisco Rivera (Human Rights Brief 9 (3). 2002.). “Bámaca Velásquez V. Guatemala: An Expansion of the Inter-American System's Jurisprudence on Reparations”. American University, Washington College of Law. 2012年1月16日閲覧。
  33. Nathaniel Popper (2008年7月7日). “The Novelist and the Murderers”. The Nation magazine. 2012年1月16日閲覧。
  34. U.S. Department of State, Country Reports on Human Rights Practices, March 4, 2002 Guatemala. State.gov (2002-03-04). Retrieved on 2012-01-15.
  35. Guatemala. State.gov (2003-03-31). Retrieved on 2012-01-15.
  36. Matan a secretaria de Pérez Molina y a guardia de la SAAS | elPeriódico de Guatemala. Elperiodico.com.gt. Retrieved on 2012-01-15.
  37. The New York Times. International Herald Tribune (2009-03-29). Retrieved on 2012-01-15.

外部リンク

先代
アルバロ・コロン
グアテマラ共和国大統領
2012年 - 2015年
次代
アレハンドロ・マルドナド・アギーレ(代行)
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