カフカス・アルバニア王国

カフカス・アルバニア王国( - おうこく)は、紀元前2千年紀末にカフカス南東部、およびアゼルバイジャン領域に存在したアルバニア人によって建国された古代王国である。

カフカス・アルバニア王国
紀元前2世紀 - 8世紀
カフカス・アルバニア王国の国旗
(国旗)
カフカス・アルバニア王国の位置
カフカス・アルバニア王国(黄緑色)
公用語 カフカス・アルバニア語、パルティア語、パフラヴィー語、アルメニア語
宗教 多神教、キリスト教、ゾロアスター教
首都 カバラ、バルダ
元首等
300年ごろ - 336年 ヴァチャガン1世
変遷
成立 紀元前2世紀
カリフ領となる8世紀

概説

紀元前3世紀から紀元前2世紀ごろにかけて首都をカバラに置く国家として明確な形成がなされ、犂耕作、放牧、種々の工芸、コブスタンなどの文化を築いた。紀元前1世紀ごろにはクル川(アゼルバイジャン語: Kür)での戦いにおいてポンペイウスと戦闘した記録が残されている。 なお、このアルバニア人は現代のバルカン半島のアルバニア人とは全くの別民族である。 カフカス・アルバニア人はウディ人の祖先にあたると考えられている。

3世紀から5世紀ごろにかけてはキリスト教が国教となるとともに封建的な国家が形成された。6世紀にサーサーン朝の支配下に入るも、7世紀メフル朝の時代に独立を回復する。8世紀にカリフ領となりイスラム化が進むとともに国家としての存在は消滅した。

参考文献

  • 西村めぐみ『民主化以後の南コーカサス』多賀出版、2005年。ISBN 4811570618
  • (英語) Ilia Abuladze. About the discovery of the alphabet of the Caucasian Albanians. - "Bulletin of the Institute of Language, History and Material Culture (ENIMK)", Vol. 4, Ch. I, Tbilisi, 1938.

関連項目

外部リンク

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