ガールスクール

ガールスクールGirlschool)は、イギリス出身のロックバンド、女性ヘヴィメタル・バンドである。

ガールスクール
Girlschool
2009年、ロンドンでのライブ
基本情報
出身地 イングランドの旗 イングランドロンドン
ジャンル ヘヴィメタルロックンロールパンク
活動期間 1978 – 1988、1992 - 現在
レーベル シティ、ブロンズ、マーキュリー、GWR、コミュニーク、ヴァッケン、SPV、UDR
共同作業者 モーターヘッド
タイガース・オブ・パンタン
オリバー・ドーソン・サクソン
トーヤ・ウィルコックス
公式サイト www.girlschool.co.uk
メンバー キム・マコーリフ
トレイシー・ラム
デニス・デュフォート
ジャッキー・チェンバース
旧メンバー ケリー・ジョンソン
ジル・ウェストン
クリス・ボナッツィ
ジャッキー・ボディミード
イーニッド・ウィリアムズ
ジャッキー・カレラ

1980年代NWOBHMムーヴメントに乗って頭角を現し、その後もメンバー・チェンジを繰り返しながら現在も活躍中。その全活動期間を通じて女性のみで編成され、30年以上のキャリアを誇る史上最長寿の女性バンドとして知られる[1][2]

キャリア

1975 - 1982 誕生~ブレイク

1975年、サウス・ロンドンのトゥーティングで、級友のキム・マコーリフリズムギターボーカル)とダイナ・"イーニッド"・ウィリアムズベース、ボーカル)が結成したペインテッド・レディ(Painted Lady)がその母体。一度は解散するものの、マコーリフとウィリアムズはそれぞれの仕事(マコーリフは銀行勤め、ウィリアムズはパン屋)から脱却し、音楽の道を進むことを諦めなかった。 そして、オーディションによりケリー・ジョンソンリードギター)、デニス・デュフォートドラムス)を獲得[3]。新ラインナップのバンドは名前をウイングスの大ヒット曲「夢の旅人」のB面に収められた曲のタイトルから取った[4]ガールスクール(Girlschool)に改め、早速フランスアイルランド、およびイギリス国内の小規模な会場を精力的にツアーする。

オリジナル・ラインナップ:左からキム・マコーリフ、イーニッド・ウィリアムズ、ケリー・ジョンソン、デニス・デュフォート(1981年)

1978年12月、ガールスクールはデビュー・シングルTake It All Awayをインディーズ・レーベルのシティ・レコーズからリリース。この曲はアンダーグラウンドシーンで話題となり.[5]、この噂を耳にしたモーターヘッドレミーにスカウトされ、翌年春からスタートするモーターヘッドのオーヴァーキル・ツアーにサポート・アクトとして起用される[6](この時から、モーターヘッドとガールスクールの長い協力関係がスタートした)。

オーヴァーキル・ツアーに続いてバッジーのサポート・アクトなどを務めたのち、モーターヘッドのマネージャー、ダグ・スミスがガールスクールのマネージャーに就任。スミスの尽力により、当時モーターヘッド、ユーライア・ヒープジューシー・ルーシーらを擁していたブロンズ・レコードの契約を勝ち取る。

ヴィック・メイルのプロデュースの下に制作されたデビュー・アルバム『デモリッション』(Demolition) は1980年6月にリリースされ、7月にUKアルバム・チャートの28位まで上昇した。

折しもNWOBHMの大ブームの中、ジューダス・プリーストサクソンデフ・レパードアイアン・メイデン、モーターヘッドら錚々たる顔ぶれがUKチャートを席巻し、ヨーロッパ全土をツアーしていた。ガールスクールも時にはヘッドライナーとして、時にはレーベルメイトであるモーターヘッドやユーライア・ヒープのサポートアクトとして、イギリス、ヨーロッパへのツアーに明け暮れた。

1980年8月20日、ガールスクールとモーターヘッドはノッティンガムのシアター・ロイヤルで行ったライブを収録し、この模様は翌1981年4月4日にATVステーションで放送された。この頃には、ガールズ・バンドの成功例として、雑誌、ラジオ、テレビに頻繁に登場するようになり、その 余勢を駆って11月にシングル「イェー、ライト」(Yeah, Right)をリリースした。

1980年12月、『デモリッション』に続くセカンド・アルバムの制作中、プロデューサーのヴィック・メイルからのアドバイスによりモーターヘッドとの共同レコーディングを行うことになり、そこからEP「セント・ヴァレンタインデー・マサカー」(en:St. Valentine's Day Massacre) が誕生した[6]。このEPには、首を負傷していたモータヘッドのドラマー、フィルシー・"アニマル"・テイラーを除くガールスクールとモーターヘッドのメンバー全員で演奏した「プリーズ・ドント・タッチ」(Please Don't Touch)(オリジナルはジョニー・キッド&ザ・パイレーツ)のほか、モーターヘッドがカバーしたガールスクールの「エマージェンシー」(Emergency)、ガールスクールがカバーしたモーターヘッドの「ボマー」(Bomber) が収録された。

1981年2月19日には、ガールスクール、モーターヘッド全員揃い踏みでBBCトップ・オブ・ザ・ポップスに出演、ヘッドガール (Headgirl) 名義で全員で「プリーズ・ドント・タッチ」を演奏した[7]。EPは1981年2月にUKチャートの5位まで上昇[8]、同年暮れにはシルヴァー・ディスクを獲得し、両バンドにとってそれまでで最高のセールスを記録した。

1981年4月、アルバム『ヒット・アンド・ラン』(Hit and Run) をリリース。シングル・カットされたタイトル・トラックとともにイギリスでヒットし、アルバムは5位まで上昇した。ニュージーランドカナダでもチャート・インし[9][10]ゴールド・ディスクを獲得した[11]。同年レディング・フェスティバルに出演[12]

しかし、1982年3月の『ワイルド・ライフ』(Wild Life)リリース後、ハードなスケジュールに疲れたベースのイーニッド・ウィリアムズが脱退する。レミーの推薦により、ジレン・"ジル"・ウェストンが後任に抜擢された。

1982年6月、サード・アルバム『スクリーミング・ブルー・マーダー』(Screaming Blue Murder)をワールドワイドでリリース(プロデュースはナイジェル・グレイ)するも、積極的なプロモーションにもかかわらずUKチャートでは27位に終わった。しかしライブの評価は相変わらず高く、アイアン・メイデン、スコーピオンズらのサポート・アクトとして初めてのアメリカ・スタジアム・ツアーも敢行した。ジューダス・プリースト、デフ・レパードといったNWOBHM勢のアメリカにおける人気を目の当たりにし、彼女たちもアメリカ市場への進出を切望するようになる[13]

1983 - 1988 迷走~活動停止

バンドはイギリスに戻り、再びレコーディング、ライブ、およびプロモーションに明け暮れる。しかし、今度はリード・ギタリスト、ケリー・ジョンソン脱退の危機に瀕する[14]。他のメンバーは、ジョンソンをなんとかグループに留まらせようと、スレイドでシーンに復帰したノディ・ホルダージム・リーをプロデュースに迎え、1983年10月、アメリカン・マーケットを強く意識したアルバム『プレイ・ダーティ』(Play Dirty)をリリース。しかし、彼女らの持ち味であるワイルドでパンキッシュなバイカー・ロック・スタイルを封印し、スレイドの「ハイ・アンド・ドライ」、T・レックスの「20センチュリー・ボーイ」など、グラム・ロックのカバーを収めたこのアルバムは不評を買い[15]、ワールド・ワイドでのディストリビューターであるポリグラム・レコードは積極的なプロモーションをせず、また母国イギリスでもトップ50にも到達できずに終わった。ZZトップのサポート・アクトとして臨んだウェンブリー・アリーナでのステージも不調に終わり、バンドのイメージは低下していった[14]

前年に続き、クワイエット・ライオットブルー・オイスター・カルトらのサポート・アクトとしてアメリカ・ツアーを敢行するも、ツアー終了前にケリー・ジョンソンが脱退。バンドのヴィジュアル面、音楽面をリードしていたジョンソンの脱退が遠因となり、ブロンズ・レコードとの契約も失った[14]

1984年、女性ハードロック・バンド、シー(She)の元メンバー、クリス・ボナッツィ(リードギター)、ジャッキー・ボディミードキーボード、ボーカル)を獲得。5人編成となったガールスクールは、かつてランナウェイズを手掛けた[3]マーキュリーと契約。マーキュリーは、ハートリタ・フォードら女性ロック・アーティストの対抗馬としてガールスクールをプッシュする意向を示したが[16]、初期のシン・リジィトーヤマリリオンガールなどを手掛けたニック・トーバーのプロデュースで制作したアルバム『ランニング・ワイルド』(Running Wild) は、かつての彼女たちのスタイルから大きく逸脱したキーボード主体のアルバムで、結局レコード会社も大規模なサポートをせず、セールス的にも惨敗を喫した[17](後にマコーリフとデュフォートは雑誌「ケラング!」のインタビューにおいて、このアルバムを「最悪」と評している)。

1985年、ボディミードがソロ転向のため脱退。『ランニング・ワイルド』のセールス不振に伴い、マーキュリーはガールスクールとの契約を破棄。バンドは彼女たちのルーツである荒々しいバイカー・ロックの基本に立ち返ることを決め、マコーリフだけをボーカルとしてフィーチャーする4人編成に戻った。1985年11月から12月にかけてブルー・オイスター・カルトのサポートとしてUKツアーを敢行。当面の目標を、できるだけ多くのステージで演奏することに置き、かつてのファンを呼び戻すことに全力を傾けた[16]

1986年初頭、再びレミーの提案で新レーベルGWRと契約。同年7月、『ヒット・アンド・ラン』の頃に立ち返ったサウンドのニュー・アルバム『ナイトメア・アット・メイプル・クロス』(Nightmare at Maple Cross) をリリース。プレスの評価は高かったもののイギリスではチャートインせず、北米でのリリースは翌年に持ち越された。1987年にはジル・ウェストンが脱退、後任に元ロック・ゴデスのトレイシー・ラムが加入。この年は旧友モーターヘッドのサポーティング・アクトとしてのツアー、テレビ出演等に明け暮れる。

1988年10月、アルバム『テイク・ア・バイト』(Take a Bite) をリリース。プロモーションのため、ゲイリー・グリッターとのイギリス、アメリカ・ツアーを敢行。1989年にはディオとのヨーロッパ・ツアー、ブラック・サバスとジョイントしてのソビエト公演を行った。しかし、ツアー後にGWRから契約を破棄される。世界の潮流はグランジ、およびより過激なヘヴィメタル・サウンドに傾いており、NWOBHM からブレイクしたバンドの多くが解散するか、方向転換を余儀なくされて行く中で、ガールスクールもまたフルタイムで活動する能力を失い、一旦グループは解散する[13][17]

1990 - 1999 復活~ジョンソン脱退

ジャッキー・チェンバース
(2009年、ブラッド・ストック・オープンエアーでの演奏)

マコーリフ、ボナッツィ、ウィリアムズ、デュフォートの4人は1990年トーヤ・ウィルコックスのサポートメンバーとして参集し、トーヤをフロントに立てたシー・デヴィルズを結成。翌1991年にはドラムスがデュフォートからリディ・ギャレイズに交替し、ストレンジ・ガールズの名で再編成。翌1992年にかけてイギリス・ツアーを敢行する。

ツアー終了後、バンドはデュフォートを復帰させ、正式にガールスクールの名前を復活。ベースにジャッキー・カレラを迎え、初のセルフ・プロデュースによるアルバム『ガールスクール』(Girlschool) をイギリスの独立レーベル、コミュニークからリリースした[18]。独立レーベルからのリリースは、世界レベルでの大規模な販売を放棄した代わりに、本作のカルト的人気を演出した。バンドはマネージメントもすべて自分たちで行いながら精力的にギグを行った。同年のヨーロッパ・ツアー後、ジャッキー・カレラが脱退しトレイシー・ラムが復帰、さらに翌年クリス・ボナッツィが脱退し、リード・ギタリストとしてケリー・ジョンソンが9年ぶりに復帰した[19]

ガールスクールは1990年代を通じて精力的にライヴを行い、1999年8月6日ヴァッケン・オープン・エアでのプレイはそのハイライトとなった。

1999年、ケリー・ジョンソンがグループを脱退(ジョンソンはこの時点でガンに侵されていた[20] )。後任にジャッキー・チェンバースが加入。

2000 - 現在

キム・マコーリフ
(2009年、ブラッド・ストック・オープンエアーでの演奏)

2000年にはトレイシー・ラムが脱退し、後任としてオリジナル・メンバーのウィリアムズが復帰した。

2002年初頭、ティム・ハミルとの共同プロデュースによるアルバム『21st アニバーサリー』(21st Anniversary: Not That Innocent) をリリース。このアルバムには、3年前にマコーリフ、ジョンソン、ラム、デュフォートの前ラインナップでレコーディングされたマテリアルと、マコーリフ、チェンバース、ウィリアムズ、デュフォートの最新ラインナップによるレコーディングが共存している。

2003年、オリヴァ・ドーソン・サクソン、タイガース・オブ・パンタン、ガールスクールの3つのバンドのレパートリーを5曲ずつ収録したコンピレーション・アルバム『ザ・セカンド・ウェイブ』(The Second Wave: 25 Years of NWOBHM) をリリース。

初期のアルバム4作のリマスター盤リリースに続いて、2004年7月にはスタジオ・アルバム『ビリーヴ』(Believe) をリリース。本作は新しいラインアップで全曲をレコーディングした最初のアルバムで、チェンバースの自宅スタジオで収録された。チェンバースの存在は、彼女の作曲能力、および再び2人のリードシンガーが個性を競う機会をバンドにもたらし、バンドのコーラスワークの強化にもつながったが[21]、セールスは期待ほど伸びなかった。10月にはタイガース・オブ・パンタン、ポール・ディアノとともにツアーを敢行。

2005年には『ビリーヴ』をDVD付きで再リリースし、バンドのオフィシャルサイトを通じて販売した。この年も、ヴィクセンとのイギリス・ツアー、アリス・クーパーのオープニング・アクト、旧友モーターヘッドの30周年記念ツアーなど、精力的にステージをこなした。

2007年7月15日、ケリー・ジョンソンが6年間の闘病の末にガンで他界。8月20日、バンドはジョンソンの友人、かつてのメンバーたちも招き、ロンドンのソーホー・レヴュー・バーで追悼ライヴを行った。

2007年から2009年の間、バンドは数多くのロック・フェスティバルに出演し、ヘヴン・アンド・ヘル、ディオ、ホークウィンド、モーターヘッドなど、錚々たる顔ぶれのオープニング・アクトも務めた。

2008年10月、バンド結成30周年と故ケリー・ジョンソンの功績を記念するアルバム『レガシー』(Legacy) をリリース。NWOBHM、パンク、ウェスト・コースト・オルタナティブ・ロック風など様々なタイプの曲を収めたこの作品では、祝福ムードに華を添えるべく、ヘヴン・アンド・ヘル、トゥイステッド・シスター、モーターヘッドなどのメンバーがゲストとして参加している。アルバムは高い評価を受け、ドイツのレーベル、SPV/Steamhammer が全世界供給を約束した。12月16日にはロンドンのアストリア2で結成30周年記念ライブを行った。

2010年、ハイチ地震の犠牲者のためのベネフィットとして、「エマージェンシー」を再録してリリース。同年アンヴィルとのツアーも敢行。2011年には1981年の大ヒット・アルバム『ヒット・アンド・ラン』のリ・レコーディング盤をリリースした。

2019年1月、ガールスクールは、今回は永久にイーニッド・ウィリアムズと別れ、トレイシー・ラムが最初にツーリングベーシストとして、次に後継者として戻ってきたことを発表した。

メンバーの変遷

太字はオリジナル・メンバー

年代 メンバー アルバム
1975-1978
ペインテッド・レディ時代
  • キム・マコーリフ - rhythm guitar, lead vocals
  • ディアドラ・カートライト(※1) - lead guitar
  • キャシー・ヴァレンタイン(※2) - lead guitar
  • イーニッド・ウィリアムズ - bass, lead vocals
  • ティナ・ゲイル - drums
  • ヴァル・ロイド - drums
1978-1982
  • キム・マコーリフ - rhythm guitar, lead vocals
  • ケリー・ジョンソン- lead guitar, lead vocals
  • イーニッド・ウィリアムズ - bass, lead vocals
  • デニス・デュフォート - drums
  • Demolition (1980)
  • Hit and Run (1981)
  • Live and More (EP) (1982)
  • Wildlife (EP) (1982)
  • Race with the Devil Live (1998)
1982-1984
  • キム・マコーリフ - rhythm guitar, lead vocals
  • ケリー・ジョンソン - lead guitar, lead vocals
  • ジル・ウェストン - bass, vocals
  • デニス・デュフォート - drums
  • Screaming Blue Murder (1982)
  • 1-2-3-4 Rock and Roll (EP) (1983)
  • Play Dirty (1983)
  • King Biscuit Flower Hour Presents Girlschool (1997)
  • Race with the Devil (2002)
1984-1985
  • ジャッキー・ボディミード - lead vocals
  • キム・マコーリフ - rhythm guitar, lead vocals
  • クリス・ボナッツィ - lead guitar
  • ジル・ウェストン - bass, vocals
  • デニス・デュフォート - drums
  • Running Wild (1985)
1986-1987
  • キム・マコーリフ - rhythm guitar, lead vocals
  • クリス・ボナッツィ - lead guitar
  • ジル・ウェストン - bass, vocals
  • デニス・デュフォート - drums
  • Nightmare at Maple Cross (1986)
1987-1988
  • キム・マコーリフ - rhythm guitar, lead vocals
  • クリス・ボナッツィ - lead guitar
  • トレイシー・ラム - bass, vocals
  • デニス・デュフォート - drums
  • Take a Bite (1988)
1990
シー・デヴィルズ時代
  • トーヤ・ウィルコックス - lead vocals
  • キム・マコーリフ - rhythm guitar, vocals
  • クリス・ボナッツィ - lead guitar
  • イーニッド・ウィリアムズ - bass, vocals
  • デニス・デュフォート - drums
1991
ストレンジ・ガールズ時代
  • トーヤ・ウィルコックス - lead vocals
  • キム・マコーリフ - rhythm guitar, lead vocals
  • クリス・ボナッツィ - lead guitar
  • イーニッド・ウィリアムズ - bass, vocals
  • リディ・ギャレイズ - drums
1992
ガールスクール復活
  • キム・マコーリフ - rhythm guitar, lead vocals
  • クリス・ボナッツィ - lead guitar
  • ジャッキー・カレラ - bass
  • デニス・デュフォート - drums
  • Girlschool (1992)
1993-1999
  • キム・マコーリフ - rhythm guitar, lead vocals
  • ケリー・ジョンソン- lead guitar, lead vocals
  • トレイシー・ラム - bass, vocals
  • デニス・デュフォート - drums
  • Girlschool Live (1995)
  • 21st Anniversary: Not That Innocent (2002)
2000-2019
  • キム・マコーリフ - rhythm guitar, lead vocals
  • ジャッキー・チェンバース - lead guitar, vocals
  • イーニッド・ウィリアムズ - bass, lead vocals
  • デニス・デュフォート - drums
  • 21st Anniversary: Not That Innocent (2002)
  • Believe (2004)
  • Legacy (2008)
  • Hit and Run – Revisited (2011)
  • Guilty as Sin (2015)
2019-現在
  • キム・マコーリフ - rhythm guitar, lead vocals
  • ジャッキー・チェンバース - lead guitar, vocals
  • トレイシー・ラム - bass, vocals
  • デニス・デュフォート - drums
  • ※1:1977年に脱退し、現在はジャズ・ギタリストとして活躍中。BBCの人気音楽番組 "Rockschool" にもレギュラー出演した。
  • ※2:アメリカ人。1978年に脱退し、後にゴーゴーズにベーシストとして加入。

音楽性

2009年のモーターヘッドとのジョイント・ライブでレミー(右)と歌うイーニッド・ウィリアムズ(左)

雑誌リボルバーの編集者クリストファー・スケイプリティによれば、そのサウンドは「パンクとヘヴィメタルのミックスでありながら、ラジオ受けするキャッチーさも兼ね備えたもの」である[13]。 オリジナルメンバー全員、クラシックなハードロックやヘヴィメタルの影響を受けており.[22][4]、特にケリー・ジョンソンのクリーンで時にブルージーなギターワークにもそれは顕著である[23]。一方でバンド誕生時にまだイギリスで隆盛を誇っていたパンクの影響も非常に大きい[24]。実際、デニス・デュフォート、ジル・ウェストンはガールスクール加入以前はパンクバンドでプレイしていた[25][26][27]

1980年のサウンズのインタビューにおいて、マコーリフは自分たちの音楽性について「ニューウェイブと呼ぶには重く、ヘヴィメタルと呼ぶにはあまりにパンク」と説明している[28]

ヴィック・メイルのプロデュースの下、ほとんどライブ・レコーディングに近い形で制作した初期の2枚のアルバムには、デビュー時から1982年頃までのガールスクール・サウンドの本質が現れている。メタルとパンクの融合といえば、彼女たちを見出したレミー率いるモーターヘッドのコンセプトそのものであり[28]、このサウンドとデニム&レザーのファッション、アルコールに象徴されるオフ・ステージのワイルドな振る舞い、そして数多くのモーターヘッドとの共演が、現在まで続く「モーターヘッドの妹分」という彼女たちのパブリック・イメージの確立に寄与している[19]。バンド初期のモーターヘッドとのコラボレーションは、彼女たちの初期の成功のステップボードとして大きな役割を果たした[29]

しかしながら、より大きなファンの獲得、またNWOBHMブームの衰退、アメリカ市場に打って出る必要性などから、1982年の『スクリーミング・ブルー・マーダー』を境に彼女たちは方向転換[30]デフ・レパードの『炎のターゲット』(Pyromania) の成功を目の当たりにし[31]、ガールスクールもキーボードを導入した艶やかな『プレイ・ダーティ』を制作したが、同時にそれは本来の彼女たちの持ち味を封印してしまうことにもなった[32]。 『ランニング・ワイルド』について、マコーリフは「アメリカのレコード会社から、アメリカ向けのサウンド作りをするようプレッシャーをかけられた。」と説明している[16]。バンドのルックスも、当時流行の先端を行くアメリカのグラム・メタルに倣った華美で女性的なスタイルに変貌した。

アメリカ市場でのポジション獲得に失敗し、移り気な音楽シーンの現実を目の当たりにして、彼女たちは自らの原点に立ち返る決心をする。メンバー自身は彼女たちのスタイルについて「ドタバタ・ロック」から「耳ざわりなヘヴィメタル・ロックンロール」の間を行くものと説明する。

ディスコグラフィ

アルバム

  • Demolition (1980)
  • Hit and Run (1981)
  • Screaming Blue Murder (1982)
  • Play Dirty (1983)
  • Running Wild (1985)
  • Nightmare at Maple Cross (1986)
  • Take a Bite (1988)
  • Girlschool (1992)
  • 21st Anniversary: Not That Innocent (2002)
  • Believe (2004)
  • Legacy (2008)
  • Hit and Run – Revisited (2011)
  • Guilty as Sin (2015)
  • WTFortyfive? (2023)

ライブ・アルバム

  • Girlschool Live (1995)
  • King Biscuit Flower Hour Presents Girlschool (1997)
  • Race with the Devil Live (1998)
  • Race with the Devil (2002)

コンピレーション・アルバム

  • Cheers You Lot! (1989)
  • C'mon Let's Go (1991)
  • The Collection (1991)
  • The Best of Girlschool (1993)
  • From the Vaults (1994)
  • Emergency (1997)
  • The Collection (1998)
  • Can't Keep a Good Girl Down (1999)
  • The Very Best of Girlschool (2002)
  • Wild at Heart (2003)
  • The Singles (2007)
  • British Steel: Heavyweights of Metal Live & Loud (1998) ※エンジェル・ウィッチ、サムソン、タンクとのコンピレーション
  • The Second Wave: 25 Years of NWOBHM (2003) ※オリヴァー・ドーソン・サクソン、タイガース・オブ・パンタンとのコンピレーション

EP

  • St. Valentine's Day Massacre (1981) ※モーターヘッドとのコラボレーション
  • Hard Rock on 12 Inch / Stay Clean (1981) ※モーターヘッドとのコラボレーション
  • Live and More (1982) ※日本限定リリース
  • Wildlife (1982)
  • 1-2-3-4 Rock and Roll (1983)

シングル

タイトル 最高位 収録アルバム
UK
1979 "Take It All Away / It Could Be Better" 未収録
1980 "Emergency / Furniture Fire" Demolition
"Nothing to Lose / Baby Doll"
"Race with the Devil / Take It All Away" 49
"Yeah Right / The Hunter" Hit and Run
1981 "Hit and Run / Tonight" 32
"C'Mon Let's Go / Tonight (live)" 42
1982 "Don't Call It Love / Wildlife" Screaming Blue Murder
1983 "20th Century Boy / Breaking All the Rules" Play Dirty
1984 "Burning in the Heat / Surrender"
1986 "I'm the Leader of the Gang (I Am) with Gary Glitter / Never Too Late" Nightmare at Maple Cross
1987 "All Day All Night / Play with Fire"
1988 Head over Heels (US only promo single) Take a Bite
Fox on the Run (US only promo single)
順位のなきものはチャート・インせず、もしくは英国リリースなし

出演

バラエティ番組

脚注

  1. Reviews”. Classic Rock. Girlschool official website (2004年12月). 2010年9月3日閲覧。 Guinness World Records for being the world’s longest-surviving all-female rock band との記述あり”
  2. Girlschool biography”. Girlschool Official Website. 2011年1月27日閲覧。
  3. Harp, John (2004年8月15日). Girlschool Band Page”. Tartarean Desire Webzine. 2010年8月29日閲覧。
  4. Girlschool interview”. Ddays-revenge.com (2004年7月29日). 2010年6月23日閲覧。
  5. Girlschool guitarist Kim McAuliffe”. Fullinbloom.com (2009年7月31日). 2010年6月23日閲覧。
  6. Kilmister, Ian and Garza, Janiss White Line Fever (2002) – Simon & Schuster pp. 126-128 ISBN 0-684-85868-1.
  7. Burridge, Alan; Stevenson, Mick (1994). Illustrated Collector's Guide to Motörhead. Burlington, Ontario, Canada: Collector's Guide Publishing. ISBN 0-9695736-2-6
  8. Top 40 Official UK Singles Archive 28th February 1981”. The Official Charts Company. 2010年6月21日閲覧。
  9. Girlschool - Hit and Run (Album)”. Charts.org.nz. 2010年8月14日閲覧。
  10. Top Albums/CDs - Volume 35, No. 4, July 04, 1981”. Library and Archives Canada (1981年7月4日). 2010年8月14日閲覧。
  11. Girlschool with gold discs for Hit and Run album for Canada 1982”. Girlschool official website. 2010年8月14日閲覧。
  12. The 21st Reading Rock Festival”. UKRockfestivals.com (2010年1月). 2010年6月21日閲覧。
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  14. Dome, Malcom (03 May 1984). “Roots March”. Kerrang!. 67. London, UK: Morgan Grampian. p. 9
  15. Prato, Greg. 21st Anniversary: Not That Innocent review”. Allmusic. 2010年8月15日閲覧。
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  17. Corich, Robert M. (1998). The Collection (CD booklet). Girlschool. England: Sanctuary Records (CMDD014).
  18. Girlschool - Jackie and Kim interview”. YouTube (2006年10月23日). 2010年7月4日閲覧。
  19. van Poorten, Rita (1995年). The sisters of Motörhead on crusade”. Metalmaidens.com. 2010年6月23日閲覧。
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  21. Sidiropoulos, Georgios (2005年). Girlschool & Vixen Live”. Tartarean Desire Webzine. 2010年7月4日閲覧。
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  23. “Kelly Johnson - Making Music in a Man's World”. Guitar World: pp. 20. (1984-03). http://www.angelfire.com/planet/zerofret/page7.html 2010年12月27日閲覧。.
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外部リンク

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