キングアブドゥルアジーズ競馬場

キングアブドゥルアジーズ競馬場[1](アラビア語: ميدان الملك عبد العزيز للفروسية‎)は、サウジアラビアの首都であるリヤドに存在する競馬場である。

キングアブドゥルアジーズ競馬場
施設情報
所在地 サウジアラビアの旗 サウジアラビア Riyadh 13645 Janadriyah
座標 北緯24度59分10秒 東経46度47分9秒
開場 2003年
所有者 サウジアラビアジョッキークラブ
管理・運用者 サウジアラビアジョッキークラブ
収容能力 3,500名
コース
周回 左
馬場 芝、ダート

概要

本施設は、サウジアラビアとして初の競走馬術広場として1965年にリヤドのマラット地区に建設されたマラト競馬場が国際競走を実施するには規模が小さかった上に、マラット地区が住宅街化して馬の移動が難しくなったという状況もあり、当時のサウジアラビアのアブドゥッラー・ビン・アブドゥルアズィーズ王太子(後の第6代アブドゥッラー国王)の指示の下に、リヤド・ジャナドリーヤに移転建て替えということとなった[2]。

2003年1月に新施設が完成してキングアブドゥルアジーズ競馬場として開場、サウジアラビア最大の競馬場となった。

キングアブドゥルアジーズ競馬場で競馬の開催は、所有するサウジアラビアジョッキークラブの主催により毎年9月から次の年の4月にかけて実施されている[2]。

コース概要

1周が約2,000mにして幅員24mのダートコースであり、左回り周回コースである[2]。

ダートコースの内側にはトレーニングトラック(ダートコース)が設けられている[2]。

2020年1月、1周1,800mのターフ(芝)コースが設置された[3]。

競走

サウジアラビア国内競走

国際競走

騎手招待競走

  • インターナショナルジョッキーズチャレンジ
    • サウジカップの前日に行われる騎手招待競走。世界各国から男女7人ずつ、計14人の騎手が招待され、全4Rの結果で獲得したポイントにより優勝を争う。2021年には日本から藤田菜七子が出場した(4位)[8]。藤田は2020年にも招待されていたが、直前の怪我により辞退している[9]。

備考

キングアブドゥルアジーズ競馬場はスポーツ・コンプレックスという形になっており、敷地内にはテニスコート、スカッシュコート、スイミングプール、アリーナを始め、多種多様なスポーツが楽しめる施設が完備されている[10]。

出典

  1. 『2020サウジカップ開催の出馬表が確定』(プレスリリース)日本中央競馬会、2020年2月27日。 オリジナルの2020年3月1日時点におけるアーカイブ。https://web.archive.org/web/20200301012830/http://www.jra.go.jp/news/202002/022709.html。2020年3月1日閲覧。
  2. “サウジアラビアの競馬場”. ジャパン・スタッドブック・インターナショナル. 2023年2月20日閲覧閲覧。
  3. “総額20億円超のサウジカップ、芝レース3つを含む5レースを新設”. JRA-VAN Ver.World. JRAシステムサービス株式会社 (2019年9月17日). 2023年2月20日閲覧。
  4. “第18回ジャパンカップの開催”. 在サウジアラビア日本国大使館 (2019年3月12日). 2023年2月20日閲覧。
  5. “サウジで世界最高1着賞金10億円超レース創設”. サンケイスポーツ. 株式会社産経デジタル (2019年8月9日). 2023年2月20日閲覧。
  6. “Saudi Cup” (英語). thesaudicup.com.sa. 2021年2月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年2月18日閲覧。
  7. “サウジ遠征の武豊フルフラットが優勝!”. サンケイスポーツ. 株式会社産経デジタル (2020年3月1日). 2023年2月20日閲覧。
  8. “【サウジ騎手招待競走】S.フォーリー騎手が優勝、藤田菜七子騎手は女性最上位の4位タイ | 競馬ニュース”. netkeiba.com. 株式会社ネットドリーマーズ (2021年2月20日). 2021年2月20日閲覧。
  9. “藤田菜七子 サウジ騎手招待競走に選出「今年は元気に」20年は骨折で出場できず | 競馬ニュース”. netkeiba.com. 株式会社ネットドリーマーズ (2021年2月20日). 2021年2月20日閲覧。
  10. “ولي العهد يتفقد مرافق نادي الفروسية الرياضي الجديد بميدان الملك عبدالعزيز” (アラビア語). Al Riyadh (2005年4月7日). 2023年2月20日閲覧。

外部リンク

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