クララ・ポープ
クララ・マリア・ポープ(Clara Maria Pope、結婚前の名: クララ・マリア・リー(Clara Maria Leigh)、1767年4月12日(洗礼日) – 1838年12月24日)は、イギリスの画家、植物画家である。
| クララ・ポープ Clara Pope | |
|---|---|
![]() 作者不詳の肖像画 | |
| 誕生日 | 1767年4月12日(洗礼日) |
| 出生地 | ロンドン |
| 死没年 | 1838年12月24日 |
| 死没地 | ロンドン |
略歴
ロンドンで生まれた。父親は医師で、アマチュア画家であった[1][2] 。何年かの間、多くの画家のモデルを務めた後[2]、20歳になった1787年に、人気のある肖像画家で20歳年上のフランシス・ウィートリー(1747-1801)と結婚し、4人の子供が生まれた[3]。夫から絵を学びミニアチュール画を描き始め、1796年までにロイヤル・アカデミー・オブ・アーツの展覧会に出展するようになった。1801年に夫が亡くなった時、33歳であった。家族を養うために美術教師として働き、モデルの仕事も再開した。植物画を描くようになり、その美しさと正確さはウィリアム・カーティスが創刊した植物図鑑雑誌のカーティス・ボタニカル・マガジンの編集を引き継いだサミュエル・カーティス(Samuel Curtis: 1779-1860)に注目され[2]、ボタニカル・マガジンやカーティスの他の著作である『ツバキ属に関するモノグラフ』(1819年)などの図版を描いた[3]。
1808年にアイルランド人俳優兼画家のアレクサンダー・ポープと結婚した後、クララ・マリア・ポープとしても知られるようになった。
国王ジョージ2世の曾孫のソフィア・オブ・グロスターや貴族の子弟も教えた[2]。亡くなるまでロイヤル・アカデミー・オブ・アーツの展覧会に出展を続けた。
作品
サミュエル・カーティスの" The Beauties of Flora " (1818)の図版
サミュエル・カーティスの" Monograph on the Genus Camellia " (1818)の図版
参考文献
- Archbold, W.A.J. "Leigh, Jared (1724–1769)", rev. Kate Retford, Oxford Dictionary of National Biography, Oxford University Press, 2004, accessed 21 March 2015.
- Kramer, Jack 1996. Women of Flowers: A Tribute to Victorian Women Illustrators. New York, Stewart, Tabori & Chang, 1996.
- Webster, Mary. "Pope , Clara Maria (bap. 1767, d. 1838)", Oxford Dictionary of National Biography, Oxford University Press, 2004, accessed 21 March 2015.
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