グラナダCF
グラナダ・クルブ・デ・フトボル(スペイン語: Granada Club de Fútbol, S.A.D., スペイン語発音: [gɾaˈnaða ˈkluβ ðe ˈfuðβol])は、スペイン・アンダルシア州グラナダ県グラナダを本拠地とするサッカークラブである。
| グラナダCF | ||||
|---|---|---|---|---|
| 原語表記 | Granada Club de Fútbol, S.A.D. | |||
| 愛称 | Nazaríes (ナスル朝) | |||
| クラブカラー | 赤 | |||
| 創設年 | 1931年 | |||
| 所属リーグ | ラリーガ | |||
| 所属ディビジョン | 1部(2023-24) | |||
| 昨季リーグ順位 | 1位(2022-23) | |||
| ホームタウン |
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| ホームスタジアム |
![]() ヌエボ・ロス・カルメネス | |||
| 収容人数 | 19,336人[1] | |||
| 代表者 |
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| 監督 |
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| 公式サイト | 公式サイト | |||
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| ■テンプレート(■ノート)■サッカークラブPJ | ||||
歴史
創設
グラナダCF (Granada Club de Fútbol )は、1931年4月14日、レクレティーボ・グラナダ (Recreativo de Granada)が元となって設立された[2]。初代会長はフリオ・ロペス・フェルナンデス[3]。クラブ初の試合は1931年12月13日に行われたデポルティーボ・ハエンとの試合であり、2-1で勝利を収めている[4]。その試合の先制点、つまりクラブ初のスコアラーとなったのはアマチュアサッカー選手のアントニオ・ボンビジャール (Antonio Bombillar)だった。また、この試合は中立地にて開催されており、クラブ初のホームゲームはADアンドゥハルとの試合である[4]。1931-32シーズン、アンダルシア州リーグ (3部相当)に参加し、6試合で4勝を挙げ、見事2部リーグ昇格を決めた。その1932-33シーズンからガブリエル・モルシージョ・ラジャが新しくクラブの会長に就任し、クラブ初の2部リーグはリーグ6位でのフィニッシュとなった[5]。
ラ・リーガ昇格
この後上位リーグへの昇格を重ね、1941-42シーズンにはプリメーラ・ディビシオン(1部)に到達した。1940年代以後はプリメーラ・ディビシオンとセグンダ・ディビシオン(2部)を往復し、1980年代までセグンダ・ディビシオン以上のリーグにとどまり続けた。1958-59シーズンにはコパ・デル・レイで決勝まで勝ち進んだが、FCバルセロナに1-4で敗れて準優勝に終わった[6]。1970年代には8シーズンの間プリメーラ・ディビシオンの座を維持し続けてクラブの黄金期を迎え、1971-72シーズンと1973-74シーズンには過去最高位であるプリメーラ・ディビシオン6位となった。1971-72シーズンにはエンリケ・ポルタがピチーチ賞(リーグ得点王)を獲得している。
1980年代にはセグンダ・ディビシオンB(3部)に低迷し、2002-03シーズン終了後には給料未払いのペナルティでついにテルセーラ・ディビシオン(4部)降格処分を受けた[7]。2007年には元レアル・マドリード会長のロレンソ・サンスとロレンソの弟のフランシスコ・サンスがクラブにやってきて、セグンダ・ディビシオンB昇格の手助けをした。2009年7月には財政難からクラブ存続の瀬戸際に立たされたが[8][9]、イタリア・セリエAのウディネーゼ・カルチョと業務提供を結び、ウディネーゼのオーナーであるジャンパオロ・ポッツォがオーナーに就任した[9][10]。エンリケ・ピナ新会長はファブリ監督を招聘し、ウディネーゼから多数の若手選手をレンタル移籍で受け入れて戦力拡大を図った[8]。また、ウディネーゼでは登録できない外国人選手をいったんグラナダCFに登録した上で、イタリアのクラブにレンタル移籍させることなども行っている[9]。2009-10シーズンはセグンダ・ディビシオンB(3部)で1位となり、プレーオフを勝ち抜いて22シーズンぶりのセグンダ・ディビシオン(2部)昇格を決めた。
2010-11シーズンもウディネーゼからレンタル移籍で獲得した多数の選手を擁し、セグンダ・ディビシオンで5位となってプリメーラ・ディビシオン(1部)昇格プレーオフ出場権を得た[8] 。プレーオフ準決勝ではセルタ・デ・ビーゴに2試合合計1-1 (PK 5-4) で勝ち上がり、決勝ではエルチェCFにアウェーゴール差の末に勝利して35年ぶりのプリメーラ・ディビシオン昇格を果たした[11][12]。
2016年5月、クラブを保有していたジャンパオロ・ポッツォは、中国のスポーツマーケティング会社「デスポーツ社」にクラブを売却した。売却価格は約3700万ユーロと報じられており、クラブのオーナーにはデスポーツ社の社長で実業家の蒋立章が就任した[13][14]。2016年7月には中国サッカー・スーパーリーグの重慶力帆との業務提携も発表している[15]。
2018-19シーズン、ディエゴ・マルティネスを新監督に据えると、セグンダ・ディビシオンでCAオサスナに次ぐリーグ準優勝を果たして、3シーズンぶりのラ・リーガ復帰を決めた[16]。翌シーズンはプリメーラの舞台で7位という好成績で終えたため、2020-21シーズンのUEFAヨーロッパリーグ出場権を獲得した。グラナダがヨーロッパの国際大会に出場するのはクラブ史上初の快挙であり、同シーズンには50年ぶりにコパ・デル・レイでベスト4へと進出した[17]。前者のヨーロッパリーグではマンチェスター・ユナイテッドFCとのベスト8まで進んだものの、2試合合計0-4でクラブ初の国際大会は終わりを迎えた[18]。
2023年12月10日、アスレティック・ビルバオとの試合中にグラナダのシーズンチケットを持ったサポーターが心停止に陥った。倒れたサポーターへの蘇生行為を優先するため、試合は前半17分で中止。翌日、前半17分から再開された[19]。
タイトル
- セグンダ・ディビシオン : 4回
- 1940-41, 1956-57, 1967-68, 2022-23
- セグンダ・ディビシオンB : 3回
- 1982-83, 1999-2000, 2009-10
- テルセーラ・ディビシオン : 3回
- 1933-34, 2003-04, 2005-06
- コパ・デ・アンダルシア : 1回
- 1932-33
成績
過去の成績
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- 26シーズン - プリメーラ
- 33シーズン - セグンダ・ディビシオン
- 22シーズン - セグンダ・ディビシオンB
- 5シーズン - テルセーラ・ディビシオン
- 2シーズン - 地域リーグ
近年の成績
| シーズン | リーグ | コパ・デル・レイ[20] | ||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| ディビジョン | 試 | 勝 | 分 | 敗 | 得 | 失 | 点 | 順位 | ||
| 2014-15 | プリメーラ | 38 | 7 | 14 | 17 | 29 | 64 | 35 | 17位 | ベスト16 |
| 2015-16 | 38 | 10 | 9 | 19 | 46 | 69 | 39 | 16位 | ベスト16 | |
| 2016-17 | 38 | 4 | 8 | 26 | 30 | 82 | 20 | 20位 | ベスト32 | |
| 2017-18 | セグンダ | 42 | 17 | 10 | 15 | 55 | 50 | 61 | 10位 | 2回戦敗退 |
| 2018-19 | 42 | 22 | 13 | 7 | 52 | 28 | 79 | 2位 | 2回戦敗退 | |
| 2019-20 | プリメーラ | 38 | 16 | 8 | 14 | 52 | 45 | 56 | 7位 | 準決勝敗退 |
| 2020-21 | 38 | 13 | 7 | 18 | 47 | 65 | 46 | 9位 | 準々決勝敗退 | |
| 2021-22 | 38 | 8 | 14 | 16 | 44 | 61 | 38 | 18位 | 2回戦敗退 | |
| 2022-23 | セグンダ | 42 | 22 | 9 | 11 | 55 | 30 | 75 | 1位 | 2回戦敗退 |
| 2023-24 | プリメーラ | |||||||||
欧州の成績
| シーズン | 大会 | ラウンド | 対戦相手 | ホーム | アウェー | 合計 | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2020-21 | UEFAヨーロッパリーグ | 予選2回戦 | N/A | 4-0 | N/A | ||
| 予選3回戦 | 2-0 | N/A | N/A | ||||
| プレーオフ | N/A | 3-1 | N/A | ||||
| グループE | 0-1 | 2-1 | 2位 | ||||
| 0-0 | 0-0 | ||||||
| 2-1 | 2-0 | ||||||
| ラウンド32 | 2-0 | 1-2 | 3-2 | ||||
| ラウンド16 | 2-0 | 1-2 | 3-2 | ||||
| 準々決勝 | 0-2 | 0-2 | 0-4 |
現所属メンバー
- 2024年2月1日現在[21]
注:選手の国籍表記はFIFAの定めた代表資格ルールに基づく。
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- 監督
リザーブチーム
注:選手の国籍表記はFIFAの定めた代表資格ルールに基づく。
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ローン移籍
- in
注:選手の国籍表記はFIFAの定めた代表資格ルールに基づく。
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- out
注:選手の国籍表記はFIFAの定めた代表資格ルールに基づく。
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歴代監督
ルイス・パサリン 1957
エリベルト・エレーラ 1961-1962
イグナシオ・エイサギーレ 1963-1964
フランシスコ・アントゥネス 1964-1965
カルマール・イェネー 1965-1966
マルセル・ドミンゴ 1968-1969
ホセイート 1970-1972
ホセイート 1973-1975
ミゲル・ムニョス 1975-1976
エクトル・ヌニェス 1976
ヴァヴァ 1977-1978
フランシスコ・ヘント 1980-1981
ホセ・ミンゴランセ 1981
アントニオ・ルイス 1981-1982
マヌエル・ルイス・ソサ 1982-1983
フェリペ・メソネス 1983-1984
ナンド・ヨス 1984
ホアキン・ペイロ 1985-1988
マヌエル・ルイス・ソサ 1988
パチン 1988-1989
ホセ・エンリケ・ディアス 1989-1990
ナンド・ヨス 1992-1994
ルーカス・アルカラス 1995-1998
パコ・チャパーロ 1998-1999
フェリペ・メソネス 2000
イスマエル・ディアス 2000
アントニオ・ロペス 2001
ラモン・ブランコ 2001-2002
ヨシップ・ヴィシュニッチ 2006-2007
オスカル・カノ 2007-2009
ペドロ・ブラオホス 2008-2009
ファブリ 2010-2012
アベル・レシーノ 2012
フアン・アントニオ・アンケラ 2012-2013
ルーカス・アルカラス 2013-2014
ホアキン・カパロス 2014-2015
ホセバ・アグアド (暫定) 2015
アベル・レシーノ 2015
ホセ・ラモン・サンドバル 2015-2016
ホセ・ゴンサレス 2016
パコ・ヘメス 2016
リュイス・プラナグマ (暫定) 2016
ルーカス・アルカラス 2016-2017
トニー・アダムス 2017
ホセ・ルイス・オルトラ 2017-2018
ペドロ・モリージャ・ピネダ 2018
ミゲル・アンヘル・ポルトゥガル 2018
ディエゴ・マルティネス 2018-2021
ロベルト・モレノ 2021-2022
ルベン・トレシージャ (暫定) 2022
アイトール・カランカ 2022
パコ・ロペス 2022-2023
ファクンド・メディナ 2023-2024
ホセ・ラモン・サンドバル 2024-
歴代所属選手
GK
イグナシオ・エイサギーレ 1966-1967
ラディスラオ・マズルケビッチ 1974-1978
ギジェルモ・オチョア 2016-2017
MF
カピ 1999-2000
ディエゴ・カマーチョ 2001-2002
カルロス・マルティンス 2011-2012
ハッサン・イェブダ 2011-2014
ルベン・ロチーナ 2014-2016
レネ・クルヒン 2015-2018
イサック・クエンカ 2016-2017
マキシム・ゴナロン 2019-2022
FW
セサル 1940-1942
パイーニョ 1956-1957
ガブリエル・トルジェ 2012-2013
ヤシン・ブラヒミ 2012-2014
ユセフ・エル=アラビ 2012-2016
ノリート 2013
ガイ・アスリン 2013-2014
ロベルト・ソルダード 2019-2021
エンブレム
クラブ設立当時は水色と白のストライプのユニフォームだった。エンブレムも、現在のものと大枠は同じだが、縦に長い盾で、青と白を基調とし、クラブの頭文字であるRGを大胆に配したもの。世界でも類を見ないデザインになったのは、グラナダ王国の旗をヒントにしたと思われる。そして、上部にはサッカークラブを象徴するボール、下部はザクロの花と葉が置かれた。特に、ザクロはスペインの国章にも見られるモチーフであり、グラナダ州の紋章にもなっているように、グラナダ王国の象徴。アラビア語でザクロを意味する言葉とグラナダが似ていたためだという[22]。
脚注
- “Los Cármenes no lucirá esquinas provisionales esta campaña” (スペイン語). Ideal (2019年6月10日). 2020年2月3日閲覧。
- Datos del club (Club data); Granada official website (スペイン語)
- “Historia del Granada CF en ideal.es” (スペイン語). Granada CF - Ideal. 2019年10月17日閲覧。
- “Temporada 1931-32 - 14 Abril 1931. Historia del Granada C.F.”. www.14abril1931.tk. 2019年10月16日閲覧。
- “Temporada 1932-33 - 14 Abril 1931. Historia del Granada C.F.”. www.14abril1931.tk. 2019年11月5日閲覧。
- 悲劇のチーム、グラナダCF footballista公式ブログ、2007年4月26日
- “22 años en el infierno” (Spanish). Granada Hoy (2011年6月20日). 2011年6月20日閲覧。
- “How Udinese beat the system and stands at the gates of La Liga”. A Football Report (2011年6月14日). 2011年6月18日閲覧。
- 「“子会社”ゆえに補強はままならず。レシーノの手腕に命運を託す」 footballista、ソルメディア、2012年2月8日号、17頁
- グラナダがプレーオフを制して36年ぶりの1部昇格。新シーズンの全20チームが出揃う WOWOWリーガニュース、2011年6月20日
- “Granada promoted to La Liga”. Sky Sports (2011年6月18日). 2011年6月19日閲覧。
- “Granada, en Primera 35 años después” (Spanish). Marca (2011年6月18日). 2011年6月18日閲覧。
- 中国資本、今度はクラブ“爆買い”相次ぐ! リーガのグラナダも買収へ フットボールチャンネル、2016年5月25日
- グラナダ 中国資本の傘下に SPORT.es、2016年5月23日
- グラナダ監督、クラブ主導の中国人選手加入に不満「何も聞いていない」 Goal.com、2016年7月28日
- “Granada back in Spanish top flight after draw with Mallorca”. Reuters. (2019年6月4日) 2020年6月16日閲覧。
- Lowe, Sid (2020年7月20日). “Silence, solitude and sadness for Leganés after desperate La Liga finale”. The Guardian 2020年7月21日閲覧。
- Grounds, Ben (2021年4月15日). “Man Utd 2-0 Granada (agg: 4-0) Edinson Cavani on target as hosts book Europa League semi-final spot”. Sky Sports 2021年4月15日閲覧。
- “サッカー=スペイン1部でファンがスタンドで死亡、試合中止”. ロイター (2023年12月11日). 2023年12月11日閲覧。
- Spanish Cup Winners
- “Plantilla Granada Club de Fútbol”. 2023年7月17日閲覧。
- エンブレムの世界 グラナダ『サッカーマガジン』2013年10月1日号、ベースボール・マガジン社、2013年、雑誌23881-10/01, 096頁。
外部リンク
- 公式サイト(スペイン語)
- Futbolmeによるチーム紹介(スペイン語)
- BDFutbolによるチーム紹介
- 非公式サイト(スペイン語)
