グルジア・ソビエト社会主義共和国の国旗

グルジア・ソビエト社会主義共和国の国旗は、1921年に最初に制定され、1951年からのデザインが最も長く使用されたが、ソビエト連邦の崩壊直前の1990年にはグルジア民主共和国時代に近いデザインへと変更された。

グルジア・ソビエト社会主義共和国の国旗
用途及び属性 現在使われていない歴史的な旗?
縦横比 1:2
制定日 1956年2月6日
使用色 赤色、青色
根拠法令 グルジア・ソビエト社会主義共和国の国旗に関する規則

変遷

1921年2月18日にボリシェヴィキによってグルジア社会主義ソビエト共和国が樹立されると、同年5月20日に革命委員会は「グルジア社会主義ソビエト共和国の紋章と旗に関して」の法令を採択した[1]。

グルジア社会主義ソビエト共和国の旗は、次に例示されるものを承認する:左上部隅、全体の4分の1に等しい高さの矩形の領域に «С.С.Р.Г.» と表示した赤色(緋色)の布

実際には、国名の略記をロシア語ではなくグルジア語で „სსსრ“ と表示したものや、表示領域を金色(黄色)の帯で四角く区切ったものなど、異なったバージョンの国旗も使用されていた[2]。国名をグルジア語表記とすることは、1927年にグルジア共和国の新憲法が採択されたことにより、正式に定められた[2]。

現在使われていない歴史的な旗 1921年5月20日から1937年2月13日までの国旗(ロシア語バージョンは1927年まで)

1937年2月13日の第8回全グルジア・ソビエト大会において採択された新憲法の第160条により、国旗には次のような変更が加えられた[3]。

グルジア・ソビエト社会主義共和国の旗は、左上部隅、全体の4分の1に等しい高さの矩形の領域に金文字のグルジア語で «Грузинская ССР» と表示した赤色の布とする。
現在使われていない歴史的な旗 1937年2月13日から1951年4月11日までの国旗

1951年4月11日、グルジア共和国最高会議はセヴェリアン・マイサシヴィリのデザインによる新たな国旗を採択した[3]。

グルジア・ソビエト社会主義共和国の国旗は、赤い布である。高さに対する幅の比は1対2である。上部旗竿付近の隅には旗の高さの2分の1を辺長とする青い正方形がある。正方形の中心には旗の高さの3分の1を直径とする円が収まる。円の内部には鎌と槌と、その上部に五芒星が収まる。円からは正方形の各辺に向って24条の光線が発される。鎌と槌、星と光線は赤色である。正方形の右辺中央から、正方形の辺長の3分の1を幅とする青い帯が、旗の幅全体に渡って伸ばされる。

国旗の青色は、グルジアの晴れ渡った空、そして黒海を象徴していると非公式に考えられた[2]。同年の新憲法第160条にも国旗に関する規則が盛り込まれ、その後1956年2月6日、グルジア共和国最高会議幹部会令「グルジア・ソビエト社会主義共和国の国旗に関する規則」が承認された[2]。

鎌と槌は、その辺長を旗の高さの6分の1とする正方形に内接し、正方形は円の中央に位置する。鎌の鋭端は正方形の上辺中点に接し、鎌と槌の柄は正方形の下辺両端に接する。槌の柄の長さは正方形の対角線の4分の3とする。五芒星は、正方形の上辺に接し、その直径を旗の高さの18分の1とする円に内接する。鎌と槌と星は正方形の縦軸上に位置する。各光線は、円の中心から半径の8分の1の場所まで伸びる。
現在使われていない歴史的な旗 1951年4月11日から1990年11月14日までの国旗

その後、1990年11月14日にグルジア・ソビエト社会主義共和国は憲法改正によって「グルジア共和国」と改称され、国旗もグルジア民主共和国時代のものに近いデザインへと戻された[4]。

現在使われていない歴史的な旗 1990年11月14日からソビエト連邦の崩壊を経て2004年1月14日までの国旗

脚注

  1. В. А. Соколов В. А. (2002). Вексиллологический справочник по флагам Российской Империи и СССР. Vol. 2 (М. ed.). РИЦ МГИУ. p. 91.
  2. “Флаги Советской Грузии”. Вексиллография. Russian Centre of Vexillology and Heraldry, Orenburg branch of RCVH. 2016年2月13日閲覧。
  3. Соколов (2002) С.92
  4. “Флаги Грузии”. Вексиллография. Russian Centre of Vexillology and Heraldry, Orenburg branch of RCVH. 2016年2月13日閲覧。
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