ケイレブ・ヘイニー

ケイレブ・ヘイニー(Caleb Hanie 1985年9月11日- )テキサス州ダラス出身の元アメリカンフットボール選手。現役時代のポジションはクォーターバック。

ケイレブ・ヘイニー
Caleb Hanie
基本情報
ポジション クォーターバック
生年月日 (1985-09-11) 1985年9月11日(38歳)
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
テキサス州ダラス
身長: 6' 2" =約188cm
体重: 225 lb =約102.1kg
経歴
大学 コロラド州立大学
ドラフト外 2008年
初出場年 2008年
初出場チーム シカゴ・ベアーズ
所属歴
シカゴ・ベアーズ(2008年-2011年)
デンバー・ブロンコス(2012年)
ボルチモア・レイブンズ(2013年)*
クリーブランド・ブラウンズ(2013年)
ダラス・カウボーイズ(2014年)*
*オフシーズンまたはプラクティススクワッドとしての所属のみ
NFL 通算成績
TD/INT 3/10
パス獲得ヤード 679
QBレイティング 41.6
Player stats at NFL.com
Player stats at PFR

経歴

シカゴ・ベアーズ

コロラド州立大学から2008年4月28日、ドラフト外フリーエージェントでシカゴ・ベアーズと契約、この年の53人の最終ロースターにも残った。

2009年10月25日のシンシナティ・ベンガルズ戦において、大量リードされた終盤初出場し、パス2本中1本成功、2ヤードを獲得した。12月20日のボルチモア・レイブンズ戦でも途中出場し、パス5本中2本成功、8ヤードを獲得したがドミニク・フォックスワースにインターセプトされた。

2010年10月3日のニューヨーク・ジャイアンツ戦で先発のジェイ・カトラーが脳震盪を起こし、2番手QBのトッド・コリンズが肩を負傷してともに退場したため、出番を得た[1]。この試合で彼は4本のパス中3本を成功、36ヤードを獲得した[2]がチームはシーズン初の黒星を喫した。翌週10月10日のカロライナ・パンサーズ戦ではカトラーは前の試合で起こした脳震盪のため欠場し[3]、コリンズが先発したが4インターセプトを喫し、ヘイニーは第3Qから途中出場し3本中2本のパスを成功、19ヤードを獲得、この試合はマット・フォルテのがんばりにより、23-6で勝利した[4]。この年、チームは地区優勝を果たした。グリーンベイ・パッカーズとのNFCチャンピオンシップゲームでカトラー[5]、コリンズが怪我で退場し、第3Q残り57秒から出場し、最初の攻撃シリーズをチェスター・テイラーの1ヤードのTDランに結びつけたが、その後、相手ノーズタックルのB・J・ラジにインターセプトされ18ヤードのリターンタッチダウンを許し7-21とリードされた[6]。その後、残り1分21秒でアール・ベネットへの35ヤードのタッチダウンパスを決めたが、残り47秒でサム・シールズにインターセプトされ14-21で試合に敗れた[6][7]。この試合で彼はパス20本中13本成功、153ヤード、1タッチダウン、2インターセプトの成績だった[6][8]。

2011年7月、彼はチームと1年120万ドルで契約を結んだ[9]。第11週にエースQBのカトラーが右手親指を骨折し長期欠場することとなったため、それまでレギュラーシーズンでは6試合で途中出場しただけの彼が[10]第12週のオークランド・レイダース戦で初先発しパス36回中18回成功、254ヤードを獲得、2タッチダウンをあげたが3インターセプトを喫し敗れた[11]。第15週のシアトル・シーホークス戦では途中交代を命じられた。カトラーが欠場するまで7勝3敗とプレーオフ争いをしていたチームは彼が先発となってから4連敗[12]、最後の2試合はジョシュ・マカウンにポジションを奪われた[13]。この年彼は4試合の先発出場を含む6試合で613ヤード、3TD、9INTに終わった[14]。シーズン終了とともにベアーズとの契約が切れたが、ベアーズは契約延長をせず、フリーエージェントとなった[15]。

デンバー・ブロンコス

2012年3月24日、デンバー・ブロンコスと契約を結んだ[16]。開幕直前の9月8日、ブロンコスから解雇されたが[17]、9月11日にブロンコスと再契約を結んだ[18]。第3QBの彼はレギュラーシーズンで試合出場することはなく、2013年3月、ブロンコスから解雇された[19]。

2013年

2013年4月16日、ボルチモア・レイブンズと1年契約を結び、タイロッド・テイラーと共にエースQBジョー・フラッコの控えの座を争うこととなった[20]。8月30日、レイブンズから解雇された[21]。12月3日、ジェイソン・キャンベル、ブランドン・ウィーデンがともに脳震盪を起こし、出場が危ぶまれたクリーブランド・ブラウンズと契約したが[22]、12月10日、解雇された[23]。

脚注

  1. “Live Analysis: Giants 17, Bears 3”. The Fifth Down (2010年10月3日). 2011年8月3日閲覧。
  2. “Sunday, October 3, 2010 Chcago Bears - New York Giants Box Scores, Game Results & Summary”. USAトゥデイ (2010年10月7日). 2011年8月3日閲覧。
  3. “QBカトラー、脳振とうでパンサーズ戦欠場へ”. NFL JAPAN (2010年10月8日). 2011年8月3日閲覧。
  4. “RBフォルテ快走、ベアーズを勝利に導く”. NFL JAPAN (2010年10月11日). 2011年8月3日閲覧。
  5. “カトラー負傷交代に批判続出、同僚アーラッカーは擁護”. NFL JAPAN (2011年1月24日). 2011年8月3日閲覧。
  6. “Caleb Hanie shines, but with too little and too late for Bears”. USAトゥデイ (2011年1月24日). 2011年8月3日閲覧。
  7. “パッカーズ堅守で勝利、第6シードからスーパーボウルへ”. NFL JAPAN (2011年1月24日). 2011年8月3日閲覧。
  8. “初先発のQBヘイニー、「自分らしさを出すだけ」”. NFL JAPAN (2011年11月24日). 2011年12月1日閲覧。
  9. “Caleb Hanie agrees to terms with Bears”. ESPN (2011年7月29日). 2011年8月3日閲覧。
  10. “ベアーズHC、親指骨折のQBカトラーは「今季絶望じゃない」”. NFL JAPAN (2011年11月22日). 2011年12月1日閲覧。
  11. “Kジャニコウスキー6FG、レイダースがベアーズ6連勝阻止”. NFL JAPAN (2011年11月28日). 2011年11月27日閲覧。
  12. “4連敗で崖っぷちのベアーズ、HCは先発QB交代を示唆”. NFL JAAN (2011年12月20日). 2012年3月20日閲覧。
  13. “【第17週プレビュー】ライバル対決、球団ワースト回避か勝率5割か”. NFL JAPAN (2011年12月30日). 2012年3月10日閲覧。
  14. “ベアーズ、控えQBヘイニーを放出へ”. NFL JAPAN (2012年3月8日). 2012年3月10日閲覧。
  15. “Report: Bears won't bring back backup QB Hanie”. nfl.com (2012年3月7日). 2012年5月17日閲覧。
  16. Jeff Dickerson (2012年3月24日). “Caleb Hanie, Broncos agree”. ESPN. 2012年5月17日閲覧。
  17. “Broncos cut backup quarterback Caleb Hanie”. NBCスポーツ (2012年9月8日). 2012年9月10日閲覧。
  18. “Broncos: Roster shuffle brings back Caleb Hanie, adds Dan Koppen”. CBSスポーツ (2012年9月11日). 2012年12月5日閲覧。
  19. Mike Klis (2013年3月11日). “D.J. Williams, Caleb Hanie cut by Denver Broncos before NFL free agency”. デンバー・ポスト. 2013年4月28日閲覧。
  20. Jamison Hensley (2013年4月16日). “Ravens sign backup QB Caleb Hanie”. ESPN. 2013年4月28日閲覧。
  21. Darin Gantt (2013年8月30日). “Ravens cut 11, including Caleb Hanie”. NBCスポーツ. 2013年9月28日閲覧。
  22. Jeff D. Gorman (2013年12月4日). “Caleb Hanie Jumps onto Cleveland Browns’ Quarterback Carousel”. sportsmedia101.com. 2013年12月20日閲覧。
  23. “Browns waive QB Caleb Hanie”. ESPN (2013年12月10日). 2013年12月20日閲覧。

外部リンク

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