コサキン

コサキンKosakin)は、浅井企画の先輩・後輩で親友同士でもあるお笑いタレント関根勤小堺一機コンビで活動する際の名称、および2人がパーソナリティを務めた一連のラジオ番組の総称である。

コサキン
メンバー 関根勤
小堺一機
結成年 1981年
事務所 浅井企画
活動時期 1981年 -
出会い ぎんざNOW!
旧コンビ名 コサラビ
芸種 コント
ラジオパーソナリティ
現在の代表番組 コサキンのラジオごっこ
コサキン・天海の超発掘!ものまねバラエティー マネもの
など
過去の代表番組 コサキンDEワァオ!
コサキンルーの怒んないで聞いて!
コサキンDEラ゛ジオ゛!
コサキン道中 ぶらっぶらっぶらっ!
など
公式サイト コサキン公式サイト(浅井企画)
受賞歴
TBSラジオゴールデンマイク賞(1988年)

概説

コサキンという名称は小堺一機の名字を縮めた「コサ」と関根勤の名前を音読みした「キン」を合わせたもので、関根が「ラビット関根」を名乗っていた1983年10月までは「コサラビKosarabi)」だった(「関根勤」に正式改名したのが11月1日で、コサキン名義の活動は10月から始まった)。 

関根は小堺について「小堺くんに出会わなければ今の自分はない」「親友でありライバルであり、パートナーであり、恩人である」と語り[1]、小堺も関根について「“こう振ったらこうくるな”というパターンが、関根さんの場合はわからないので面白くてしょうがない」と語っている[2]

来歴

二人はともにテレビ番組『ぎんざNOW!』内のコーナー「素人コメディアン道場」出身で、関根は初代、小堺は第17代のチャンピオンである。ともに同番組のコーナー司会→曜日別総合司会を歴任。当時小堺は浅井企画所属前だったが、関根とは既に仲が良く、番組の合間には二人でスタジオを脱け出し、「何もない空を見上げてひそひそ話をし、周囲の人がつられて空を見上げはじめ、やがて人だかりができたところでそっとその輪を抜け、遠くからその人たちを観察する」という悪戯をしていたという[3]

1980年、小堺が浅井企画に所属。1981年6月より、毎月2回土曜日に、下北沢ライブハウス「下北沢スーパーマーケット」でコントライブ『土曜の夜にしゃらくせえ』を2人で行うようになったのが、このコンビの始まりである(このライブは1982年1月まで続いた)。

当初は先述のライブなど地道な活動を行っていたが、1981年10月より、TBSラジオでの帯番組の代役として『夜はともだち コサラビ絶好調!』が始まり、回を重ねるごとに人気が増すようになった。そして、テレビ朝日欽ちゃんのどこまでやるの!』(以下『欽どこ』と表記)での2人揃っての出演(本放送時この番組で「コサラビ」ないし「コサキン」を名乗ることはなかった)を皮切りに、『欽ちゃんの週刊欽曜日』(TBS)で「泣いちっちマイ・ハート」を唄う風見慎吾のバックダンサーを経て、やがて『欽どこ』で「クロ子とグレ子のどこまでやるの?」のミニコーナーを任されたことにより2人の知名度が上昇。1987年秋に始まった2人での初の冠番組『コサキン勝手にごっこ』以降、「コサキン」という名称が全国的に認知されるようになった。

一方、先述のラジオ番組は形を変えつつも四半世紀以上に及ぶ長寿番組となった(コサキン名義でのコンビ活動はこちらの方が知られていた)。雑誌『ラジオパラダイス』のパーソナリティ人気投票にて、当初は「小堺一機」「関根勤」「コサキン」で票が割れていたが、とあるコサキンリスナーの呼びかけから投票を「コサキン」に一本化。それ以降、常に上位を争う存在になったというエピソードもある(1987年〜1988年の総合ランキング1位になったこともある)。また、1988年にはTBSラジオから「ゴールデンマイク賞」を受賞した。2009年3月28日、『コサキンDEワァオ!』が終了し、ラジオ番組としてのコサキンシリーズは一旦終止符を打つことになった。

『コサキンDEワァオ!』終了直後は2人が共演する機会はほとんどなかったが、2010年4月 - 2013年4月放送の『コサキンDEラ゛ジオ゛!』(BS朝日)、2014年10月 - 2015年9月放送の『コサキン道中 ぶらっぶらっぶらっ!』(BSフジ)の他、現在もテレビで共演し、息の合ったところを見せている。2023年4月からは、ポッドキャストにて『コサキン ポッドキャストDEワァオ!』が週1回配信されている[4]

結成時のエピソード

当初、2人の所属事務所である浅井企画は、2人をコント55号に続くコンビとして売り出そうと考えていたようだが、2人は「あくまでもピンで」と答えて断っている[注 1]。そのため、「コサキン」は厳密にはコンビではなく、あくまでも「関根勤」「小堺一機」という2人のタレントが一緒に仕事をする際の通称である。また、これにルー大柴が加わった時はコサキンルーKosakinlou)と呼ばれていた。

関根の話によると、新人時代に小堺と即興でコントをやったところ、それを見ていた放送作家大岩賞介が「このコンビは面白い」と感じ、「2人でやってみたらどうだ? 深く考えずに軽い気持ちで。例えばクッキー食べるみたいにさ!」とやんわりとコンビ活動を勧めた[5](小堺は、大岩から「若いのにブラブラしてるんじゃない!」といわれ、関根と下北沢でライブを行うようになったと語っている[6])。

この話を聞きつけた浅井企画の当時社長・浅井良二が「よし! 『お笑いスター誕生!!』出演の話を俺がつけてやる。今から10週分のネタ作りの合宿だ!」と発言。関根と小堺は「おいおい、クッキーどころじゃねぇぞ…」と怖くなったとのこと[7]。前述のように2人とも個人でのタレント活動が目標だったため、この話は辞退している。

事務所からは若手のホープと期待を掛けられていた一方、萩本欽一からは当初二人とも「(芸風が)嫌い」と公言され[8]、約7年も門前払いされ続けた[9]。後に、萩本の仕打ちは「最初に俺が優しいと、お前らは『大丈夫だ、芸能界』と思ってしまう」と危惧し、あえて厳しい態度を取ったものだったことを本人から明かされ、二人は萩本に感謝を示している[8]。後日対面を許され、萩本邸に招待されたが、そこで突然の無茶振りに始まり3時間にわたる指導を受け[9][10]、以降はテレビ番組での共演も果たしている。

二人とも萩本には弟子入りをしていないため、萩本とは正式な師弟関係ではない。しかし、『コサキンDEワァオ!』(2005年2月27日<26日深夜>放送分)に萩本がゲスト出演した際には、関根の「正式な手続きでの弟子入りはないですけども、『欽どこ』を通じて(萩本は)師匠という気持ちがありますから」という発言に対し、萩本が「それは大きな声で言うべきよ」と冗談めかしながら答えており、彼らが師弟に準ずる関係であることを認め合った。

ラジオ番組

コサキンシリーズ

単発出演番組

テレビ番組

※小堺・関根各人のソロ活動については、各項目を参照。

レギュラー番組

単発出演番組

このほか、小堺司会の『ライオンのごきげんよう』(フジテレビ)に関根がゲスト出演した際や、『ダウンタウンDX』(読売テレビ制作・日本テレビ系)に2人がゲスト出演した際なども、コサキン独特のノリでトークを進めることが多い。

小堺・関根それぞれが司会、あるいはメイン出演者を務めたレギュラー番組は多く放送されてきたが、コサキンの2人をメインにしたテレビバラエティはメジャー化せず、早々に終了となるジンクスは現在まで続いている。このため、コサキン自身も「テレビじゃ伝わらない」と自嘲気味に述べている。

著作

ラジオ番組関連の書籍は、番組の記事を参照のこと。

  • 小堺一機 関根勤の社会学 ベターチョイス・ライフのすすめ(1985年、CBSソニー出版、ISBN 4-7897-0198-0)- 山中伊知郎との共著。社会学と銘打たれているが、内容は2人によるシチュエーションコントを台本風にまとめたもの。小堺の小説、関根のエッセイも収録。

DVD

ラジオ番組関連のDVDは、番組の記事を参照のこと。

舞台

  • 土曜の夜はしゃらくせえ(1981年6月 - 1982年1月、下北沢・スーパーマーケット)
  • おげれつでSHOW〜緊張と緩和(1996年、新宿・シアターアプル
  • コサキンDEライブ! 〜ブンダバー2013〜 (2013年12月28 - 29日、原宿クエストホール)
    • コサキン名義では17年ぶりに開催されたコント公演。
  • 関根勤×小堺一機トークライブ「酷白スピンオフ」〜恋する少年〜(2020年2月2 - 3日、日経ホール
  • ナイツ独演会 それだけでもウキウキします 神奈川公演(2022年11月22日、横浜にぎわい座・芸能ホール)[13]
    • コサキンがゲスト出演し、『欽どこ』の「クロ子とグレ子」のネタを披露した。

その他

  • 星野源オフィシャルイヤーブック『YELLOW MAGAZINE 2016-2017』 - コサキンファンであることを公言している星野の希望で鼎談。その模様が掲載されている[25]

脚注

注釈

  1. 実際、関根と小堺は息の合ったコンビであるが、目指している道はかなり異なっている。個別記事参照。
  2. 2人ともベテランらしい演技力でイカサマ芸を披露したが、ほぼ2人の物真似コーナーとなっていた。また、最後のお題でコサキンを笑わせるためにルーが登場した。
  3. 女子アナチームとの決勝戦を制して優勝。
  4. ぎんざNOW!』を放送していたスタジオ跡地やナイルレストランを巡り、トークを展開。即興でトカゲ星人のコントも行った。
  5. 同番組の名物コーナーであった「都バスで飛ばすぜぃ!」をモチーフにした「都バスでどこまで飛ばすの!?」を放送。馬場典子(当時・日本テレビアナウンサー)をバスガイド役に、麻布十番や白金台、目黒を巡った。
  6. オードリー若林正恭が『コサキンDEワァオ!』のリスナーであったため、同番組に関するトークも行った。
  7. 「ザ・ベストワン」の企画にてコント「キャンプ場」を披露した。

出典

  1. 関根勤「親友でありライバル、パートナーであり恩人」と語る盟友・小堺一機とのコンビ「コサキン」エピソード”. 東京海上日動 Side by Side (2022年12月3日). 2023年7月17日閲覧。
  2. 小堺一機 40年以上の付き合いでも「面白くてしょうがない」と語る特別な存在の先輩タレント”. スポニチ Annex (2023年7月17日). 2023年7月17日閲覧。
  3. 2013年3月12日放送『ウチくる!?15周年!〜節目で聞いちゃいましたスペシャル』(フジテレビ)
  4. TBSラジオ「コサキン ポッドキャストDEワァオ!」4月スタート!”. 浅井企画 (2023年3月22日). 2023年7月17日閲覧。
  5. 1997年10月8日放送 『いろもん』(日本テレビ)
  6. 2009年6月2日東京スポーツ 「小堺一機のごきげんDEワァオ!」第5回
  7. 『コサキンの一機と勤』(シンコーミュージック、1993年)110〜111ページ
  8. 関根勤、萩本欽一に「関根とは仕事したくない」と言われた過去を告白”. ニッポン放送 NEWS ONLINE. ニッポン放送 (2021年9月4日). 2023年6月20日閲覧。
  9. “小堺一機 “師匠”萩本欽一との初対面で受けた衝撃「幼稚園児が大学院の授業を受けるよう」”. スポーツニッポン. (2022年2月3日). https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2022/02/03/kiji/20220203s00041000377000c.html 2023年6月20日閲覧。
  10. 関根勤、師匠・欽ちゃんの厳しすぎる“お笑い修行”語る オードリー若林正恭「恐ろしい!」”. エンタメRBB. イード (2021年11月25日). 2023年6月20日閲覧。{
  11. 小堺一機、コロナ感染のベッキー代演でラジオ出演 関根勤との“コサキン”でトーク,ORICON NEWS,2022年1月20日
  12. TOKYO SPEAKEASY|関根勤さんと小堺一機さんの話を盗み聞き・・・一夜限りのコサキンにイワイガワ・井川修司さんも緊急参戦!,AuDee,2022年1月21日
  13. コサキン生出演!鉄板の掛け合いトークが炸裂!!”. TBS RADIO (2022年11月12日). 2022年11月23日閲覧。
  14. 小堺一機&関根勤のネタ番組『爆笑!お台場コサキン亭!』に実力者が集結”. TVerプラス (2016年3月10日). 2023年6月30日閲覧。
  15. 小堺一機 所属タレント 浅井企画”. 浅井企画. 2022年2月23日閲覧。
  16. 関根勤&小堺一機『あちこちオードリー』で“伝説ラジオ”の裏話語る”. ORICON NEWS (2021年11月24日). 2021年11月24日閲覧。
  17. 【エンタがビタミン♪】小堺一機・関根勤の愛される「人柄」と「トーク力」 態度の悪い芸能人は「すぐに消える」と断言”. Techinsight (2021年11月26日). 2022年2月23日閲覧。
  18. 大先輩「コサキン」の苦労話にももクロ驚愕!”. テレ朝POST (2022年1月22日). 2022年2月15日閲覧。
  19. 関根勤&小堺一機、息つく暇ない爆笑トークとモノマネ!すっかり楽しくなった黒柳徹子も参戦”. テレ朝POST (2022年2月2日). 2022年2月4日閲覧。
  20. 関根勤と小堺一機「徹子の部屋」出演、黒柳徹子もお返しにモノマネ披露”. お笑いナタリー (2022年1月28日). 2022年2月4日閲覧。
  21. コサキン『お笑いの日』で貴重なコントネタ 爆笑問題は漫才披露”. ORICON NEWS (2022年9月16日). 2022年10月8日閲覧。
  22. X年後の関係者たち あのムーブメントの舞台裏”. BS-TBS. 2022年11月23日閲覧。
  23. コサキン 出演情報”. 浅井企画 (2023年1月10日). 2023年1月17日閲覧。
  24. フジテレビ「爆買い☆スター恩返し」浅井企画大集合!”. 浅井企画 (2023年6月19日). 2023年6月30日閲覧。
  25. 星野源、初のオフィシャルイヤーブック創刊。「コサキン」鼎談も実現”. RO69 (2016年12月12日). 2016年12月13日閲覧。

関連項目

外部リンク

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