コンスタンス・ド・カスティーユ
コンスタンス・ド・カスティーユ(Constance de Castille, 1136年/1141年? - 1160年10月4日)は、フランス王ルイ7世の2番目の王妃。父はカスティーリャ王アルフォンソ7世、母はバルセロナ伯ラモン・バランゲー3世の娘ベレンゲラ・デ・バルセロナ。スペイン名はコンスタンサ・デ・カスティーリャ(Constanza de Castilla)。
| コンスタンス・ド・カスティーユ Constance de Castille | |
|---|---|
| フランス王妃 | |
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| 在位 | 1154年 - 1160年 |
| 出生 |
1136/41年 |
| 死去 |
1160年10月4日 |
| 埋葬 |
|
| 結婚 | 1154年 |
| 配偶者 | フランス王ルイ7世 |
| 子女 |
マルグリット アデル |
| 家名 | ボルゴーニャ家 |
| 父親 | カスティーリャ王アルフォンソ7世 |
| 母親 | ベレンゲラ・デ・バルセロナ |
生涯
1154年にルイ7世と結婚した。ルイ7世は、最初の妻アリエノール・ダキテーヌと1152年に離婚していた(アリエノールはイングランド王ヘンリー2世と再婚した)。コンスタンスとルイ7世の間には2女が生まれた。
- マルグリット(1158年 - 1197年) - イングランド王ヘンリー2世の息子若ヘンリー王と結婚、のちハンガリー王ベーラ3世と結婚。
- アデライード、アデールまたはアリス(1160年 - 1220年頃) - イングランド王リチャード1世(姉の先夫の弟)と婚約(結婚に至らず)、のちポンチュー伯ギヨーム4世と結婚。
コンスタンスは1160年、次女の出産時に産褥死した。先妻アリエノールにもコンスタンスにも男子が生まれなかったため、ルイ7世はただちに3人目の王妃アデル・ド・シャンパーニュと結婚し、嗣子フィリップを得た。
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