サッカーアゼルバイジャン代表

サッカーアゼルバイジャン代表(サッカーアゼルバイジャンだいひょう、アゼルバイジャン語: Azərbaycan milli futbol komandası)は、アゼルバイジャンサッカー連盟協会(AFFA)によって構成される、アゼルバイジャンのサッカーのナショナルチームである。

サッカーアゼルバイジャン代表
国または地域 アゼルバイジャンの旗 アゼルバイジャン
協会 アゼルバイジャンサッカー連盟協会
愛称 Odlar Yurdu (火の国)
監督 イタリアの旗 ジャンニ・デ・ビアージ
最多出場選手 ラシャド・サジゴフ(111試合)
最多得点選手 グルバン・グルバノフ(14得点)
ホームカラー
アウェイカラー
サードカラー
初の国際試合
グルジアの旗 グルジア 6–3 アゼルバイジャン アゼルバイジャンの旗
(グルジア(現呼称はジョージア); 1992年9月17日)[1]
最大差勝利試合
アゼルバイジャンの旗 アゼルバイジャン 4–0 リヒテンシュタインの旗 リヒテンシュタイン
(アゼルバイジャン; 1999年6月5日)[1]
最大差敗戦試合
フランスの旗 フランス 10–0 アゼルバイジャン アゼルバイジャンの旗
(フランス; 1995年9月6日)[1]
FIFAワールドカップ
出場回数 0回
UEFA欧州選手権
出場回数 0回

アジアサッカー連盟(AFC)ではなく欧州サッカー連盟(UEFA)に加盟している[2]。

概要

アゼルバイジャン代表 (2010年)

代表チームは1992年に創設された。1993年5月25日、グルジア(現呼称はジョージア)に3対1で勝利し初勝利を挙げた。1994年には国際サッカー連盟(FIFA)と欧州サッカー連盟(UEFA)に加盟した。ホームゲームの多くは、首都のバクーにある国内最大の3万人収容のトフィク・バフラモフ・スタジアムで行っている。その他のホームゲームはバクー・オリンピックスタジアムで行う。

UEFA EURO '96予選のホーム試合は、警備上の問題で全試合をトルコで行った。2004年、1970年メキシコW杯にブラジル代表キャプテンとして出場したカルロス・アウベルトが監督に就任したが、成績不振で解任された。2008年には元ドイツ代表のベルティ・フォクツが監督に就任した。2014年には元クロアチア代表のロベルト・プロシネチキが監督に就任した。

成績

FIFAワールドカップ

1992年までソ連代表であったため、AFFA設立後のみ記述。

開催年結果試勝分負得失
フランスの旗 1998予選敗退
日本の旗 大韓民国の旗 2002
ドイツの旗 2006
南アフリカ共和国の旗 2010
ブラジルの旗 2014
ロシアの旗 2018
カタールの旗 2022
通算最高成績 : -
7大会中/0回出場
000000

UEFA欧州選手権

1992年までソ連代表であったため、AFFA設立後のみ記述。

開催年結果試勝分負得失
イングランドの旗 1996予選敗退
ベルギーの旗オランダの旗 2000
ポルトガルの旗 2004
オーストリアの旗スイスの旗 2008
ポーランドの旗ウクライナの旗 2012
フランスの旗 2016
欧州連合の旗 2020
合計最高成績 :
7大会中/0回出場
000000

歴代監督


歴代選手

脚注

関連項目

外部リンク

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