シネモンド

シネモンド(フランス語: cinémonde)は、石川県金沢市香林坊香林坊東急スクエア内にある映画館ミニシアター)。石川県唯一のミニシアターである[1][2]。1スクリーン(91席)を有している。

シネモンド
cinémonde
シネモンドの位置(金沢市内)
シネモンド
シネモンド (金沢市)
情報
正式名称 シネモンド
開館 1998年12月19日
開館公演ムトゥ 踊るマハラジャ
客席数 91席
設備 ドルビーデジタル5.1ch、DLP
用途 映画上映
運営 有限会社シネモンド
所在地 920-0981
石川県金沢市香林坊二丁目1番1号
香林坊東急スクエア4階
位置 北緯36度33分44.6秒 東経136度39分11.3秒
最寄駅 北陸鉄道石川線野町駅
最寄バス停 北陸鉄道西日本JRバス「香林坊」バス停
まちバス「香林坊東急スクエア・日銀前」バス停
金沢ふらっとバス(菊川ルート)「香林坊」バス停
外部リンク http://www.cine-monde.com/

特色

映画館入口には壁一面にチラシやポスターが貼られている[3]。ロビーに設置されている本棚には映画関連書籍が並べられている[3]。1年間に約150本の作品を上映している[4]

来館者

是枝裕和黒沢清若松孝二河瀬直美想田和弘新海誠大森南朋西島秀俊加瀬亮などが来館している[5]。2009年5月には『フツーの仕事がしたい』を上映し、5月17日には土屋トカチが舞台挨拶を行った[6]。「Here & There 〜六ヶ所村からパレスチナまで〜」特集と2010年(平成22年)の『ミツバチの羽音と地球の回転』上映の際には鎌仲ひとみが来館した[5]。2015年11月から12月には『ギターマダガスカル』を上映し、11月26日には金沢美術工芸大学出身の亀井岳がトークイベントを、初日の11月28日には亀井が舞台挨拶を行った。

2016年10月8日には『葛城事件』監督の赤堀雅秋と出演した新井浩文が舞台挨拶を行った[7][8]。新井は12年前の『赤目四十八瀧心中未遂』でもシネモンドに来館している[8]。2016年12月からは『この世界の片隅に』を上映[9]。12月25日には片渕須直が舞台挨拶とトークイベントを行った[10][11]。シネモンドでは1作品の上映期間が2週間であることが多いが、本作は8週間に渡って上映。片淵の舞台挨拶の時点では半数以上の回で立ち見が出るほどの大ヒットとなった[10]

2017年2月11日には「金沢エシカルショッピングプロジェクト」の一環として『ポバディー・インク 〜あなたの寄付の不都合な真実〜』を上映。タレントの末吉里花がトークイベントを行った[12]。同年7月22日には『八重子のハミング』に出演した升毅が舞台挨拶で来館している[13]

運営

画像外部リンク
シネモンドの創設者で劇場代表の土肥悦子

劇場代表の土肥悦子は開館2年後頃から東京に在住し、年間約300本の試写会に足を運んで上映作品を選定している[14]。劇場運営は支配人の上野を中心とするスタッフが担当している[4]。商店街や金沢市と手を組んで、金沢21世紀美術館(2004年開館)との協同も行っている[4]。開館時にはKORINBO109の多目的ホールで使用していた椅子を改造して座席としていたが、開館2周年を迎えた2000年12月には改修を行い、渋谷のユーロスペースシネマライズなどでも使用しているフランスのキネット(Quinette)社製の椅子に置き換えた[15]

2013年(平成25年)には大学生の料金を1300円から1000円に、高校生の料金を1000円から500円に引き下げ、一般の料金を1500円から1700円に、シニアの料金を1000円から1200円に引き上げる料金制度改定を行った[16]

2000年末には渋谷のル・シネマを参考にして、年額50,000円で1座席を買い取る制度(年間パスポート)を設けた[15]。座席数約90席のシネモンドにおいて、開始から1か月で21席が埋まるほど好評だった[15]。背もたれには個人名または企業名の入った金色のプレートが付けられる上に、3口(年額150,000円)以上の大口会員の場合はスクリーンで個人名または企業名を流している。2017年時点では年額54,000円で映画が見放題となる「シネモンド・オフィシャル・サプライヤー・クラブ」を設けている。

金沢コミュニティシネマ推進委員会

2002年(平成14年)頃には映画上映者ネットワーク会議(後の全国コミュニティシネマ会議)はコミュニティシネマ(公設民営の映画館)を提起し、シネモンドはコミュニティシネマを志向するようになった[17][18]。2003年(平成15年)夏にはシネモンド総支配人の土肥が中心となって金沢コミュニティシネマ推進委員会を発足させた[19]。2004年(平成16年)から毎年春と夏には、金沢コミュニティシネマ推進委員会が「こども映画教室」を開催しており、子どもたちは映画館の体験や映画製作を通じて映画の歴史や仕組みを学んでいる[20]。コミュニティシネマ運動を牽引するシネモンドは全国のミニシアターの注目を集めた[18]

2005年(平成17年)8月には金沢市にコミュニティシネマの構想書を提出したが、行政を動かすには至らなかった[18]。2006年(平成18年)1月から3月にはコミュニティシネマを設置するための署名活動を行い[20]、4月には金沢市長(当時)の山出保に14,561人分の署名を提出したが[21]、金沢市からは「シネコンもあり、既存の施設だけで映画を見る機会は保証されている」との回答を受けた[20]。文化振興や賑わいづくりの点から賛同する意見のほかには、税金の使い道について反対する意見もあった[21]

歴史

金沢市の映画館

1929年の金沢松竹座
金沢市の映画館(1959年)
スメル座(香林坊)ムービー菊水(東山)
スカラ座(香林坊)北国第一劇場・北国会館(浅野川)
立花座(香林坊)スタア劇場(石引)
松竹座(香林坊)ムサシ東映(武蔵ヶ辻)
金沢東映(香林坊)テアトル会館(横安江)
金沢日活(香林坊)ロキシー(金沢駅前)
金沢大映(香林坊)
パリー菊水(香林坊)
ロマン菊水(香林坊)
大和東映(片町)
金沢劇場(片町)

金沢市で初めて映画が上映されたのは1897年明治30年)である[22]。繁華街である香林坊片町には映画館が軒を連ねており[4]、「香林坊映画街」は1913年(大正2年)に始まったとされる[23]。映画最盛期だった1959年昭和34年)、石川県には約100館の映画館が存在し[24]、この時期の香林坊に9館、片町には2館の映画館が存在した[22][4]

映画人気が低迷していた1990年(平成2年)時点の金沢市には16館の映画館があったが、うち香林坊には1館(109シネマ)が、片町には金沢グランド劇場など11館があった[25]。1998年(平成10年)から2003年(平成15年)までの5年間には、金沢市周辺にシネマコンプレックスが3施設開館した。ワーナー・マイカル・シネマズ金沢(現・イオンシネマ金沢)、ワーナー・マイカル・シネマズ御経塚(後のイオンシネマ御経塚)、ルネス9シネマ(現・ユナイテッド・シネマ金沢)である。この結果、1990年代半ば頃から「香林坊映画街」の従来館の閉館が相次いだ[3]。1997年(平成9年)には映画館4館が入っていた香林坊シネマビルが閉鎖され、1999年(平成11年)12月には片町の金沢プラザ劇場が閉館した[26]

金沢市の映画館(2024年3月時点)
館名所在地開館年
ユナイテッド・シネマ金沢高柳町1997年
シネモンド香林坊1998年
イオンシネマ金沢福久2000年
イオンシネマ金沢フォーラス堀川新町2006年
金沢コロナシネマワールド無量寺2008年

シネモンド開館後の2001年(平成13年)2月から4月には、金沢駅前や香林坊の映画館4館が相次いで閉館した[23]。2002年(平成14年)9月1日には香林坊の金沢グランド劇場(1979年開館)とグランドスカラ座(1981年開館)が閉館し、かつての「香林坊映画街」が消滅した[23]。シネコンへ客が流れたことや建物の老朽化などが理由であり、観客数はピーク時の2割まで落ち込んでいたという[23][27]。さらに元号令和になった翌年の2020年(令和2年)3月31日には、金沢駅前にあった成人映画館駅前シネマ(1958年開館)が閉館[28]。昭和時代から存続したスクリーンがすべて消滅したことにより、シネモンドが金沢市中心部に残る唯一の単館映画館となった[28]

2006年(平成18年)11月には金沢駅前にイオンシネマ金沢フォーラスが、2008年(平成20年)10月には金沢市郊外に金沢コロナシネマワールドが、2009年(平成21年)10月には近隣のかほく市シネマサンシャインかほくが開館し、金沢市近郊の映画館スクリーン数が急増した[29]。イオンシネマ金沢フォーラスは大作以外も上映し、台湾映画韓国映画の特集を行っている[29]

自主上映活動

1997年に金沢を訪問したアッバス・キアロスタミ

1963年生まれの土肥悦子は筑波大学比較文化学類卒業後にパリ第3大学映画学科修士課程に留学[30]。帰国後には東京で堀越謙三が社長を務める映画配給会社のユーロスペースで映画の買い付けや宣伝を担当[20][4]。イランのアッバス・キアロスタミを日本に紹介した功績を持ち、『友だちのうちはどこ?』以後のキアロスタミ全作品の配給と宣伝を手掛けた[30]。1994年にはキアロスタミの著作『そして映画はつづく』の共訳者となっている[30]

土肥は1995年に石川県小松市で働く夫と結婚し、これを機に東京から金沢に転居した[31]。当時の金沢には12館の映画館があったが、土肥が求める作品を上映する映画館は1館もないことに気づき、映画の自主上映会を立ち上げた[31][32][4]。自主上映会には金沢大学在学中の上野克なども参加[4]。土肥が東京で開催していた「イラン映画祭」を、1996年(平成8年)3月にはKORINBO109ホールでも開催し、満員の観客を集めた[4][31]

1997年(平成9年)11月7日から9日にはアッバス・キアロスタミ特集を行い、東京国際映画祭のために日本を訪れていたキアロスタミは9日に金沢入りして舞台挨拶を行った[33]。この自主上映会は、1998年(平成10年)6月に河瀬直美の『萌の朱雀』を金沢プラザ劇場で、キアロスタミの『桜桃の味』をグランドスカラ座で上映した[34]

シネモンド開館

自主上映会はKORINBO109 4階のホールを会場としていたが、設置されている35mmフィルム映写機の老朽化で使用できなくなった[31]。これを機に土肥はユーロスペースの退職金を元手にして[20]、1998年(平成10年)12月19日、KORINBO109(当時、現在の香林坊東急スクエア)の4階に常設映画館「シネモンド」を開館させた[4][35]。館名はフランス語の「cinéma du monde」を縮めた形であり、「世界の映画」を意味する[30]。開館時の座席数は103席[35]。土肥とユーロスペースが資金を半分ずつ出資した「有限会社シネモンド」が運営を行っている[36]。シネモンドは北陸地方3県初のミニシアターだった[3]

開館公演は『ムトゥ 踊るマハラジャ』(K・S・ラヴィクマール)であり[3][35]、東京で大ヒットしたこの作品は金沢でも大入りとなった[36]。初日の初回上映前には約30人が列を作るほどであり、初日の観客数は4回上映で計200人に達した[37]。2001年(平成13年)にはフランス映画『アメリ』(ジャン=ピエール・ジュネ)が大ヒットした[20]。開館から2年後には会員数が1,000人を超え、経営体制が整い始めた[36]。この時期には土肥が夫の東京転勤に伴って東京に転居した[36]

2002年(平成14年)1月には金沢市竪町のホールにて、映画の配給や興行を主題とする講座を初開催し、映画配給会社ザナドゥー社長(当時)の市川篤、映画ジャーナリストの佐藤友紀、映画監督の青山真治、字幕翻訳家の石田泰子などが講師を務めた[38]。2008年(平成20年)12月19日には10周年を迎えた[14]。10年間で約1,400本の作品を上映した[14]。2009年(平成21年)1月17日には10周年記念イベントとして、映画監督の藤本幸久と翻訳家の池田香代子のトークイベントを開催した[14]

2010年(平成22年)初頭には経済産業省の助成金約1,000万円を受けて、約1,500万円のデジタルシネマ上映設備を導入した[20]。2010年代にはミニシアター系の良作がシネコンに流れるようになり、シネモンドの年間観客数は採算ラインの4万人を割って3万人台が続くようになっている[20]。年間観客数は開館当時がピークであり、2013年(平成25年)頃には開館時の約60%となった[39]

2020年(令和2年)は新型コロナウイルス感染拡大に伴う緊急事態宣言の影響により、4月15日[40]から5月29日まで約1か月半休業した[1][41][42]

脚注

注釈

    出典

    1. シネモンド待望再開 県内唯一のミニシアター 席数3分の1で”. 北國新聞 (2020年5月31日). 2020年6月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年4月18日閲覧。
    2. “石川)シネモンド 存続に向けクラウドファンディング”. 朝日新聞デジタル. (2020年5月3日). オリジナルの2020年5月3日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20200503130125/https://www.asahi.com/articles/ASN526VMGN4XPISC023.html 2021年7月19日閲覧。
    3. シネモンド 港町キネマ通り
    4. 館主さんを訪ねて 第019回 「シネモンド」支配人 上野克さん 日本映画映像文化振興センター
    5. ミニシアター「シネモンド」の15周年記念パーティ@石川 鎌仲ひとみ公式サイト 2013年12月27日
    6. 金沢シネモンド、上映中! 『フツーの仕事がしたい』公式サイト
    7. 「映画『葛城事件』熱く シネモンド 俳優新井さん、赤堀監督」中日新聞 2016年10月10日
    8. 「映画『葛城事件』と舞台あいさつ」中日新聞 2016年10月15日
    9. 金沢のシネモンドで「この世界の片隅に」 県内初上映、監督舞台あいさつも”. 金沢経済新聞 (2016年12月16日). 2021年4月18日閲覧。
    10. 「この世界の片隅に」 片渕監督 舞台あいさつ”. 中日新聞 (2016年12月16日). 2017年1月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年4月18日閲覧。
    11. 12/25(日)石川県金沢にて片渕監督舞台挨拶&トークイベントが決定! 『この世界の片隅に』公式サイト
    12. 初金沢!”. 末吉里花オフィシャルブログ. CyberAgent (2017年2月11日). 2017年9月3日閲覧。
    13. ありがとう金沢”. 升毅オフィシャルブログ. CyberAgent (2017年7月22日). 2017年9月3日閲覧。
    14. 「アート系シアター『シネモンド』 考える映画届け10年」読売新聞 2008年12月19日
    15. 「マイシートでゆったり映画 金沢のシネモンド、1席5万円で」朝日新聞 2001年1月20日
    16. 「値下げで育て! 映画ファン シネモンド」読売新聞 2013年5月18日
    17. 『映画館のつくり方』p.227
    18. 『ミニシアター巡礼』pp.170-175
    19. 「金沢市街地に映画を! コミュニティシネマ推進委が発足」読売新聞 2003年8月29日
    20. 「ミニシアター奮闘 『映画の多様性 守る』」読売新聞 2012年8月4日
    21. 「公設民営映画館 上映場所、どう守る」読売新聞 2006年5月21日
    22. ちょっと昔の金沢 金沢くらしの博物館
    23. 「金沢グランド、グランドスカラ座 あす金沢の2劇場閉館」読売新聞 2002年8月31日
    24. 「昭和あのとき 昭和34(1959)年映画黄金期 県内に100スクリーン」北國新聞 2013年2月18日
    25. 『映画年鑑 1990年版別冊 映画館名簿』
    26. 「銀幕盛衰 香林坊片町、空洞化…活路を探る」朝日新聞 1999年12月2日
    27. 「香林坊映画街、最後の2館消える シネコンに客奪われ」朝日新聞 2002年8月30日
    28. 【石川】駅前シネマ62年で幕 健全すぎる社会 抵抗”. 中日新聞 (2020年3月27日). 2020年3月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年4月18日閲覧。
    29. 「シネコン続々『映画館戦争』ミニシアターに危機感」読売新聞 2008年11月5日
    30. 『ミニシアター巡礼』pp.159-163
    31. 『ミニシアター巡礼』pp.163-165
    32. 「映画館『シネモンド』 地元の人に多様な世界を」読売新聞 2014年6月20日
    33. 「イランの『巨匠』招き映画祭 再生へ自主上映 金沢・香林坊」朝日新聞 1997年10月26日
    34. 「自主上映グループ、カンヌ国際映画祭の受賞作を上映 金沢」朝日新聞 1998年6月24日
    35. 「常設の映画館『シネモンド』19日開館 県内初ミニシアター」朝日新聞 1998年12月9日
    36. 『ミニシアター巡礼』pp.166-169
    37. 「『シネモンド』開館、初日はファン200人 香林坊109」朝日新聞 1998年12月20日
    38. 「単館『シネモンド』が映画講座 金沢・竪町で」朝日新聞 2002年1月18日
    39. 「映画館運営にもクラウドファンディング導入 シネモンド(金沢)来年計画」中日新聞 2013年11月29日
    40. “石川県、バーやスポーツクラブに休業要請 21日から”. 日本経済新聞. (2020年4月20日). https://www.nikkei.com/article/DGXMZO58264160Q0A420C2LB0000/ 2021年7月19日閲覧。
    41. 金沢のミニシアター「シネモンド」5月30日より営業再開”. シネマトゥデイ (2020年5月22日). 2021年7月19日閲覧。
    42. “【コミュニティシネマ 街中銀幕から】営業再開”. 北陸中日新聞Web. (2020年6月13日). https://www.chunichi.co.jp/article/72553 2021年7月19日閲覧。

    参考文献

    • 映画芸術編集部『映画館のつくり方』AC Books、2010年
    • 代島治彦『ミニシアター巡礼』大月書店、2011年

    関連項目

    外部リンク

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