シャハージー (サーターラー藩王)

シャハージー(Shahaji, 1802年 - 1848年4月5日)は、インドのデカン地方、サーターラー藩王国の君主(在位:1839年 - 1848年)。

シャハージー
Shahaji
サーターラー藩王
シャハージー
在位 1839年9月5日 - 1848年4月5日
戴冠式 1839年9月5日
別号 マハーラージャ
チャトラパティ

出生 1802年
死去 1848年4月5日
サーターラー
家名 ボーンスレー家
父親 トリンバクジー・ボーンスレー
プラタープ・シング(養父)
宗教 ヒンドゥー教

生涯

1802年、マラーター王国の一族トリンバクジー・ボーンスレーの息子として生まれ、その後プラタープ・シングの養子となった[1]。

1839年9月5日、父王プラタープ・シングがイギリスによって廃位され、ヴァーラーナシーへと追放されると、シャハージーが藩王位を継承した[1]。

1848年4月5日、シャハージーはサーターラーで死亡した[1]。その死に際し、継嗣がおらず、末期養子も認められなかったため、1849年5月1日にサーターラー藩王国は廃絶された[1]。

出典・脚注

  1. Satara 3

関連項目

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