ジェリー・ルイス
ジェリー・ルイス(Jerry Lewis、1926年3月16日[注 1] - 2017年8月20日)は、アメリカ合衆国の喜劇人、俳優、映画プロデューサー、脚本家、映画監督。本名、ジョーゼフ・レヴィッチ(Joseph Levitch)。スラップスティックなユーモアが持ち味で一時代を築く。筋ジストロフィー患者支援のために創設したテレソンチャリティ基金「レイバー・デイ・テレソン」は24時間テレビ 「愛は地球を救う」のモデルにもなった[1]。息子は『恋のダイアモンド・リング』で知られる60年代の人気バンド「ゲイリー・ルイス&ザ・プレイボーイズ」のボーカルのゲイリー・ルイス。
| ジェリー・ルイス Jerry Lewis | |||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
![]() 1957年 | |||||||||
| 本名 | Joseph Levitch | ||||||||
| 生年月日 | 1926年3月16日 | ||||||||
| 没年月日 | 2017年8月20日(91歳没) | ||||||||
| 出生地 |
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| 死没地 |
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| 配偶者 |
Patti Palmer (1944-1980) MSanDee Pitnick (1983-2017) | ||||||||
| 著名な家族 | ゲイリー・ルイス(息子) | ||||||||
| 主な作品 | |||||||||
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映画 『底抜け慰問屋行ったり来たり』 『底抜け大学教授』 『おかしなおかしなおかしな世界』 『キング・オブ・コメディ』 『ファニー・ボーン/骨まで笑って』 『ナッティ・プロフェッサー』シリーズ テレビ番組 『MDAショー・オブ・ストレングス』 | |||||||||
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来歴・人物
ニュージャージー州ニューアーク出身。両親はロシア系ユダヤ人[2]。父親がヴォードヴィル芸人だったため[3][4]、5歳から舞台に立つ。
1946年にディーン・マーティンと「底抜けコンビ」を結成。人気ナイトクラブでの活動に加え、パラマウント映画製作によるコメディ映画の人気シリーズに出演する。コンビは結成10年後に解散した。
代表作の一つ『底抜け大学教授』(1962年)は、1996年にエディ・マーフィ主演で『ナッティ・プロフェッサー クランプ教授の場合』としてリメイクされた(原題はともに『The Nutty Professor』である)。
また、筋ジストロフィー患者の社会参加と治療費捻出、ならびに筋ジストロフィー協会の活動の啓蒙を念頭において1966年から「レイバー・デイ・テレソン」と題したチャリティーコンサートを開催し、全米にテレビ中継。2010年まで45年間担当した。
主な受賞歴
- 1998年 - アメリカン・コメディ賞特別功労賞
- 1999年 - ヴェネツィア国際映画祭功労金獅子賞
- 2005年 - ドイツ「金のカメラ賞」特別功労賞
- 2004年 - ロサンゼルス映画批評家協会賞特別功労賞
- 2004年 - ロサンゼルス映画批評家協会賞特別功労賞
- 2009年 - 第81回アカデミー賞特別賞(ジーン・ハーショルト友愛賞)
- そして、ハリウッド・ウォーク・オブ・フェームに2つの星をもっている。
主なフィルモグラフィ
※クレジットのないものは出演のみ
- 1950年代
- My Friend Irma 1949年 監督ジョージ・マーシャル ※映画デビュー
- My Friend Irma Goes West 1950年 監督ハル・ウォーカー
- 底抜け右向け!左 At War with the Army 1950年 監督ハル・ウォーカー
- 底抜け艦隊 Sailor Beware 1952年 監督ハル・ウォーカー
- バリ島珍道中 Road to Bali 1952年 監督ハル・ウォーカー
- 底抜け落下傘部隊 Jumping Jacks 1952年 監督ノーマン・タウログ
- 底抜けやぶれかぶれ The Caddy 1953年 脚本・出演 監督ノーマン・タウログ
- 底抜けふんだりけったり Money from Home 1953年 監督ジョージ・マーシャル
- 底抜けびっくり仰天 Scared Stiff 1953年 監督ジョージ・マーシャル
- 底抜けニューヨークの休日 Living It Up 1954年 監督ノーマン・タウログ
- 底抜け最大のショウ 3 Ring Circus 1954年 監督ジョセフ・ペヴニー
- 画家とモデル Artists and Models 1955年 監督フランク・タシュリン
- お若いデス You're Never Too Young 1955年 監督ノーマン・タウログ
- 底抜け西部へ行く Pardners 1956年 監督ノーマン・タウログ
- 底抜けコンビのるかそるか Hollywood or Bust 1956年 監督フランク・タシュリン
- 紐育ウロチョロ族 The Delicate Delinquent 1957年 製作・出演 監督ドン・マクガイア
- 底抜け楽じゃないデス Rock-A-Bye Baby 1957年 製作・出演 監督フランク・タシュリン、原作プレストン・スタージェス
- 底抜け一等兵 The Sad Sack 1957年 監督ジョージ・マーシャル
- 底抜け慰問屋行ったり来たり The Geisha Boy 1958年 製作・出演 監督フランク・タシュリン
- 底抜け船を見棄てるナ Don't Give Up the Ship 1959年 監督ノーマン・タウログ
- 底抜け宇宙旅行 Visit to a Small Planet 1959年 監督ノーマン・タウログ
- 1960年代
- 底抜けてんやわんや The Bellboy 1960年 監督・製作・脚本・出演 ※監督デビュー作
- 底抜けシンデレラ野郎 Cinderfella 1960年 製作・出演 監督・脚本フランク・タシュリン
- 底抜けもててもてて The Ladies Man 1961年 監督・製作・脚本・出演 共同脚本ビル・リッチモンド
- 底抜け便利屋小僧 The Errand Boy 1961年 監督・脚本・音楽・出演 共同脚本ビル・リッチモンド
- 底抜け柵ボタ成金 It's Only Money 1962年 監督フランク・タシュリン
- 底抜け大学教授 The Nutty Professor 1962年 監督・脚本・出演 共同脚本ビル・リッチモンド
- 底抜けオットあぶない Who's Minding the Store? 1963年 監督・脚本フランク・タシュリン
- おかしなおかしなおかしな世界 It's a Mad, Mad, Mad, Mad World 1963年 製作・監督スタンリー・クレイマー
- 底抜け00の男 The Disorderly Orderly 1964年 製作・出演 監督・脚本フランク・タシュリン
- 底抜けいいカモ The Patsy 1964年 監督・脚本・出演 共同脚本ビル・リッチモンド
- ボーイング・ボーイング Boeing Boeing 1965年 監督ジョン・リッチ
- 底抜け男性No.1 The Family Jewels 1965年 監督・製作・脚本・出演 共同脚本ビル・リッチモンド
- 底抜け替え玉戦術 Three on a Couch 1966年 監督・製作・出演 脚本サミュエル・A・テイラー、ボブ・ロス
- 月世界宙がえり Way...Way Out 1966年 監督ゴードン・ダグラス
- 1970年代以降
- 罠にはまった二人・密輸ダイヤをひとり占め One More Time 1970年 監督 製作総指揮・主演、脚本マイケル・パートウィー
- Which Way to the Front? 1970年 監督・製作・出演
- 底抜け再就職も楽じゃない Hardly Working 1981年 監督・脚本・出演 共同脚本マイケル・ジャノーヴァー
- ジェリー・ルイスの双子の鶏フン大騒動 Slapstick of Another Kind 1983年 製作・監督・脚本スティーヴン・ポール、原作カート・ヴォネガット・ジュニア
- キング・オブ・コメディ The King of Comedy 1983年 監督マーティン・スコセッシ
- 私のパパはマフィアの首領(ドン) Cookie 1989年 製作総指揮・監督スーザン・シーデルマン、製作総指揮・脚本ノーラ・エフロン、アリス・アーレン
- アリゾナ・ドリーム Arizona Dream 1992年 監督・脚本エミール・クストリッツァ
- ミスター・サタデー・ナイト Mr. Saturday Night] 1992年 監督・脚本・製作・主演ビリー・クリスタル
- ファニー・ボーン/骨まで笑って Funny Bones 1994年 監督・脚本ピーター・チェルソム
- ナッティ・プロフェッサー/クランプ教授の場合 The Nutty Professor 1996年 製作総指揮・原案 監督トム・シャドヤック
- ナッティ・プロフェッサー2/クランプ家の面々 Nutty Professor II: The Klumps 2000年 製作総指揮 監督ピーター・シーガル
- ザ・シンプソンズ 2003年
日本語吹き替え
- ほぼ専属で担当。ルイスの芝居はリズムが早いため、近石は予め大体の台詞を覚えてから収録に臨んでいたといい[7]、録音後は疲れる一方で「ジェリー・ルイスのあのリズムを俺は盗めたぞ」という何ともいい快感があったという。また、後年のインタビューでルイスの吹き替えについて「本当に好きだったなあ」と述べている。
脚注
注釈
- 諸説あるようだが、大多数の資料に従った。Wikipedia英語版Jerry Lewis原註による。
出典
- 井原高忠 『元祖テレビ屋大奮戦!』(文藝春秋、1983年)5章3節
- Lewis, Jerry; Gluck, Herb (1982). Jerry Lewis In Person. New York City: Atheneum Books. p. 8 & 28. ISBN 0-689-11290-4
- Jerry Lewis Biography (1926-)
- The Official Jerry Lewis Comedy Museum and Store
- “米喜劇俳優ジェリー・ルイスさん死去 底抜けシリーズ”. 朝日新聞デジタル (2017年8月21日). 2020年12月16日閲覧。
- “米喜劇俳優ジェリー・ルイス氏死去、91歳「底抜け」シリーズ”. Sponichi ANNEX. スポーツニッポン新聞社. (2017年8月21日) 2017年8月21日閲覧。
- 『爆笑問題の日曜サンデー』2013年12月8日のゲスト出演回。
- The two sides of Jerry Lewisワシントンポスト 2017年8月20日
- 10 Great Jerry Lewis Movies to StreamNYT Watching 2017年8月20日
- 'He Is Part of My Makeup.' Jim Carrey on What He Learned From Jerry LewisTIME 2017年8月23日
- 『追悼 ジェリー・ルイス 加藤茶インタビュー』キネマ旬報 2017年11月下旬号
- 伊東四朗が語る「喜劇役者」志村けんの魅力「あんたがいてよかった」withnews 2020年8月13日
- ザ・ぼんち 50年を越える2人の“縁”を語る おさむ「100歳まで漫才をやりたい」スポニチ 2019年10月1日
- 田代まさし@TashiroMarcy 2017年8月21日
関連項目
- アカデミー出版
- アメリカン・コメディ賞
- 筋ジストロフィー協会
- 底抜けコンビ
- テレソン (w:Telethon)
- バック・トゥ・ザ・フューチャー - 劇中に名前が登場する[1]。
- がんばれ!ベアーズ大旋風 -日本遠征- - 劇中に名前が登場する(『オールスター家族対抗歌合戦』に若山富三郎演じる野球の監督が出場するシーンで、司会の萩本欽一が監督に話しかけて笑いをとると、トニー・カーティス演じる芸能エージェントが「彼はジェリー・ルイスのような喜劇俳優ではない」と文句を言う)。
- ベラ・ルゴシのジャングル騒動 - コメディアンのデューク・ミッチェルとサミー・ペトリロが底抜けコンビを思わせる役を演じている。ペトリロはルイスの物真似で一定の評価を得たが、これを聞きつけたルイスがあまりに自分を真似していることを批判し訴訟を起こした。
- The Day the Clown Cried - 1970年代にジェリー・ルイスが企画しながら実現しなかった映画。アウシュヴィッツ強制収容所を舞台にした、ルイスが演じる道化師 ヘルムートが、ナチス将校に命じられてユダヤ人の子供たちをガス室へと導き入れる様を描く悲喜劇[2][3]。
外部リンク
- 公式ウェブサイト
- ジェリー・ルイス - allcinema
- ジェリー・ルイス - KINENOTE
- Jerry Lewis - IMDb(英語)
- “キング・オブ・コメディ” ジェリー・ルイスとは何だったのか - ジェリー・ルイスおよび主演作品の評論
- アウシュヴィッツにおける道化、あるいは喜劇と悲劇の沈黙(エリック・フリードラー「道化師」/Eric Friedler "Der Clown" 2016年) - 1972年に撮影されたものの未完に終わったジェリー・ルイス監督・主演の「道化師が泣いた日」(Jerry Lewis "The Day the Clown Cried")を扱ったドキュメンタリー映画の紹介と考察
- “【全作まとめ】バック・トゥ・ザ・フューチャーが愛され続ける理由とは? - SCREEN ONLINE(スクリーンオンライン)”. screenonline.jp. 近代映画社. 2023年1月31日閲覧。
- Salah, Faisal (2024年1月5日). “Controversial Jerry Lewis film to screen in public for first time after 52 years” (英語). The National. 2024年4月19日閲覧。
- LaMarche, Lee (2024年1月10日). “Jerry Lewis' Most Controversial Film May Finally See the Light of Day This Year” (英語). MovieWeb. 2024年4月19日閲覧。
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