ジョン・バーンズ (サッカー選手)

ジョン・チャールズ・ブライアン・バーンズ(John Charles Bryan Barnes MBE, 1963年11月7日 - )は、ジャマイカ・キングストン生まれの元イングランド代表サッカー選手[2]、サッカー指導者。現役時代のポジションはミッドフィールダー。現在はTVコメンテーター、サッカー評論家。

ジョン・バーンズ
名前
本名 ジョン・チャールズ・ブライアン・バーンズ
John Charles Bryan Barnes
ラテン文字 John Barnes
基本情報
国籍 イングランドの旗 イングランド
生年月日 (1963-11-07) 1963年11月7日(60歳)
出身地 キングストン
身長 182cm
選手情報
ポジション MF
クラブ1
年 クラブ 出場 (得点)
1981-1987 イングランドの旗 ワトフォード 233 (65)
1987-1997 イングランドの旗 リヴァプール 314 (84)
1997-1999 イングランドの旗 ニューカッスル 27 (6)
1999 イングランドの旗 チャールトン 12 (0)
代表歴
1982-1983 イングランドの旗 イングランド U-21 3 (0)
1983-1995 イングランドの旗 イングランド[1] 79 (11)
監督歴
1999-2000 スコットランドの旗 セルティック
2008-2009 ジャマイカの旗 ジャマイカ代表
2009 イングランドの旗 トレンメア
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj

クラブ経歴

ワトフォード

1981-82シーズン、17歳の時にワトフォードFCでデビューを飾り、クラブの1部リーグ昇格に貢献。1982-83シーズン、昇格初年度ながら10ゴールを決めるなど活躍、チームはリーグ2位なった。在籍中は毎年二桁ゴールを挙げるなど、公式戦通算296試合で85ゴールを挙げた。

リヴァプール

1987-88シーズン、リヴァプールFCへ移籍。ホームデビュー戦オックスフォード・ユナイテッドでFKから移籍後初ゴール[3]、同シーズンはリーグ戦で15ゴールを挙げるなど、すぐに活躍を見せ、FWA年間最優秀選手賞を受賞した。

1988-89シーズン、FAカップ決勝のエヴァートン戦ではラッシュの決勝ゴールをアシストして[4]優勝に貢献した。1989-90シーズン、第30節のマンチェスターUtd戦では決勝ゴールを含む2ゴール[5]、第38節のコベントリー戦でハットトリックを決めるなど[5]、22ゴールを決めてリーグ優勝に貢献、2度目のFWA年間最優秀選手賞を受賞[6]、PFA年間最優秀選手賞にも度選ばれた。1990-91シーズンはリーグ戦で16ゴールを挙げ、リーグ優勝に貢献した。

1991-92シーズン、FAカップ3回戦のクルー・アレクサンドラFCでハットトリックを決めた[5]。1994-95シーズン、EFLカップ決勝ではマクマナマンのゴールをアシストして[7]優勝に貢献した。プレミアリーグへとリーグの名称変更後も長年レギュラーを務めたが、1997-98シーズン開幕」直後にチームを離れた。リヴァプールでは背番号10番を背負い、通算407試合107ゴールの成績を残し[6]、10年間で2度のリーグ優勝、コミュニティーシールド3度、FAカップ2度、そしてリーグカップを手にした[6]。

その後

1997-98シーズン途中、リヴァプールFCで監督を務めたケニー・ダルグリッシュが指揮を執るニューカッスル・ユナイテッドFCへと移り[6]、1997-98シーズンはプレミアリーグで26試合6ゴールの成績を残したが[8]、1998-99シーズンにルート・フリットが監督に就任すると構想外になり[2]、1試合に出場したのみで[8]、シーズン中にチャールトン・アスレティックFCに移籍[8]、しかしリーグ18位となりクラブは降格してしまい、その年、バーンズは現役を引退した。

代表経歴

バーンズはジャマイカ生まれではあったが、ジャマイカ代表には興味を示さなかった。当時の代表資格要件では英国パスポート保有者は英国内の代表チームいずれかを選択可能だったため、スコットランド代表に誘われたこともあったが、最終的にU-21イングランド代表を経て、イングランド代表を選んだ[2]。

1983年5月28日北アイルランド戦で代表デビューを飾る[2]、1984年6月10日ブラジル戦で代表初ゴール[9]、1986 FIFAワールドカップでは準々決勝までの4試合では出場機会が与えられなかったが、その準々決勝のアルゼンチン戦では僅か16分のプレーながら、サイド突破からゲーリー・リネカーのゴールをアシストした[9]。

UEFA欧州選手権1988ではグループリーグの全3試合、1990 FIFAワールドカップでは4試合に出場した[9]。1995年9月6日コロンビア戦が代表での最終戦となった[2]。

引退後

引退後は指導者としての道を歩んでおり、ダルグリッシュが監督に就任したセルティックFCではコーチを務め(出場はしていないが、選手登録された。)[2]、ジャマイカ代表などの監督を務めた。

また、2005年にはイングランドサッカー殿堂にも選ばれている。

出典

  1. “John Charles Bryan Barnes - International Appearances” (英語). The Rec.Sport.Soccer Statistics Foundation. http://www.rsssf.com/miscellaneous/jbarnes-intlg.html
  2. “John Barnes”. englandfootballonline. (29 August 2019). http://www.englandfootballonline.com/TeamPlyrsBios/PlayersB/BioBarnesJCB.html 10 April 2020閲覧。
  3. “John Barnes profile2”. liverpoolfc.com. (29 August 2019). https://www.liverpoolfc.com/history/past-players/john-barnes 10 April 2020閲覧。
  4. “FA Cup Final 1989 Match sheet”. transfermarket.com. 2020年11月25日閲覧。
  5. “John Barnes Liverpool all goals”. transfermarket.com. 2020年11月25日閲覧。
  6. “John Barnes profile1”. Liverpool FC. (29 August 2019). https://www.liverpoolfc.com/history/heroes/john-barnes 10 April 2020閲覧。
  7. “EFL Cup Final 1995 Match sheet”. transfermarket.com. 2020年11月25日閲覧。
  8. “John Barnes”. premierleague.com. (29 August 2019). https://www.premierleague.com/players/269/John-Barnes/overview 10 April 2020閲覧。
  9. “John Barnes Nationalteam”. transfermarket.com. 2020年11月25日閲覧。

外部リンク

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