タイ・ハーディン

タイ・ハーディンTy Hardin, 本名:Orison Whipple Hungerford Jr.[1][2][3]1930年1月1日[1][2][3] - 2017年8月3日)は、アメリカ合衆国俳優。身長188センチ。

タイ・ハーディン
Ty Hardin
タイ・ハーディンTy Hardin
1958年、テレビドラマ『ブロンコ』出演時
本名 Orison Whipple Hungerford Jr.
別名義 Ty Hungerford
生年月日 (1930-01-01) 1930年1月1日
没年月日 (2017-08-03) 2017年8月3日(87歳没)
出生地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国ニューヨーク
死没地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国カリフォルニア州ハンティントンビーチ
職業 俳優
活動期間 1958年 - 1992年
配偶者 マルレーネ・シュミット
(1962年 - 1965年)
主な作品
ブロンコ

ニューヨーク出身、テキサス州で育つ[1][2][3][4]

俳優としての特徴

1958年からテレビの西部劇ドラマ『ブロンコ』にブロンコ・レーン役で主演し、人気を得る[1][2][3]。放送当時はブロンコの早撃ちが話題となり、フィルム24コマを順送りにゆっくり回しながら、拳銃ホルダーから抜いて発射まで一体0.何秒で撃っているかということがクイズとして出題されたこともあった。その後は映画を中心に出演、ハリウッドのみならずヨーロッパの映画にも出演した。1964年のマカロニ・ウェスタン荒野の用心棒』の主人公ジョー役のオファーを受けたが、断っている[5][6]

キャリアの後半から実業家としても活動し、晩年は伝道活動の傍ら、細々ながらも出演をこなした。2017年8月3日、87歳で死去[1][2][3]

イタリア映画への出稼ぎ稼業

数多くのハリウッド俳優がイタリアへ渡った様に、1960年代の中頃からハーディンもマカロニ・ウエスタンに主演する様になり、アクション俳優が彼の本領だった。その後、スペインを拠点に居住し、1970年代の中頃までイタリア映画を始めスペインやユーゴ、西ドイツの映画にも出演した。『呪われた谷の男』(1964年/未ソフト化)と言う低予算のマカロニ・ウエスタンが最初の一本で、当時セルジオ・レオーネ監督の『荒野の用心棒』(1964年)にも出演依頼があったが、断っている。

1960年代当時は人件費の安価なスペインでハリウッド映画が幾本も製作されていた。戦争大作『バルジ大作戦』(1965年)や晩年のロバート・テイラーが主演したサミュエル・ブロンストン製作のアルゼンチンを舞台にした疑似西部劇『サヴェージ・パンパス』(1965年/未ソフト化)にも脇役で起用された。また、『バルジ大作戦』に出演した俳優の多くが後にマカロニ・ウエスタンに関わることになり、ヘンリー・フォンダロバート・ライアンチャールズ・ブロンソンテリー・サヴァラスロバート・ウッズ等が続き、ドイツ俳優のカール・オットー・アルベルティまでもが出演した。他にも、ロバート・シオドマク監督のハリウッド西部劇『カスター将軍』(1967年)にも脇役出演しており、矢張り本作に出演していた俳優もマカロニ・ウエスタンに縁のある者が少なくない。

イタリア時代の主演作としては、セルジオ・コルブッチ監督のギリシャで撮影されたスパイ物『太陽の暗殺者』(1967年)やアフリカを舞台にした疑似西部劇『キング・オブ・アフリカ』(1968年)と言った疑似米国映画が日本でも劇場公開された。また、日本では劇場未公開のマカロニ・ウエスタンにも数本出演しており、主役から悪役まで演じた。尚、マリオ・ガリアッツォセルジオ・ガローネ等の職人監督の作品に起用され、リチャード・ハリスンクレイグ・ヒルゴードン・ミッチェルロッサノ・ブラッツィジョージ・サンダースピア・アンジェリジョージ・イーストマン等のスターとも共演した。

イタリア時代の異色作と言えば、ローマのチネチッタ・スタジオで撮影されたハリウッド西部劇『最後の反逆』(1970年/未ソフト化)である。南北戦争直後が背景であり、元アメフト選手だったジョー・ネーマスが主演で、ハーディンは彼を追い詰める曲者の保安官役だった。

晩年の活動

帰米してからはテレビ映画に出演していた。森林火災を題材にしたテレビ映画『大火災』(1976年)にも出演し、日本では劇場公開された。また、アーネスト・ボーグナインヴェラ・マイルズネヴィル・ブランド等の映画スターが共演していた。

1989年には主にカリフォルニアで低予算のアクション映画を量産したアクション・インターナショナル・ピクチャーズ(1950年代から60年代に掛けて隆盛を誇ったアメリカン・インターナショナル・ピクチャーズに対して80年代のAIPとも呼ばれる)制作で、女優でもあるキンバリー・ケーシーが監督した『ボーン・トゥ・キル』(未/ビデオ)に出演する。クレジットはトップだったが、実質上の主役は当時の若手で、看板俳優を担ったテッド・プライアーだった。また、同社の『デッドリー・プレイ/地獄のプラトーン(テレビ放送別題:デッドリー・プレイ/地獄の標的)』(1987年/未/ビデオ/テレビ放送)ではベテラン俳優のキャメロン・ミッチェルがトップ・クレジットで、特別出演的なトロイ・ドナヒューが続いた。因みに、当時の低予算映画では実績ある俳優が脇役であっても、トップにクレジットされることは珍しくなかった。

主な出演作品

映画

公開年邦題
原題
役名備考
1958宇宙船の襲来
I Married a Monster from Outer Space
マック・ブロディTy Hungerford名義
大海賊
The Buccaneer
兵士クレジットなし
1959ガンヒルの決斗
Last Train From Gun Hill
カウボーイクレジットなし
1961陽動作戦
Merrill's Marauders
リー・ストックトン中尉
1962チャップマン報告
The Chapman Report
エド・クラスキ
1963魚雷艇109
PT 109
レナード・J・トム少尉
パームスプリングの週末
Palm Springs Weekend
ダグ“ストレッチ”・フォーチュン
1965バルジ大作戦
Battle of the Bulge
シューマッハ少佐
1967太陽の暗殺者
Bersaglio mobile
ジェイソン
カスター将軍
Custer of the West
マーカス・リノ少佐
姿なき殺人
Berserk
フランク・ホーキンス
1968ファイヤーバード/地獄への招待券
Ragan
リー・レーガン
キング・オブ・アフリカ
Caccia ai violenti
キング・エドワーズ
1972お熱い夜をあなたに
Avanti!
ヘリコプターパイロットクレジットなし
1977大火災
Fire!
ウォルト・フレミングテレビ映画
1985暴走ライブギャング
The Zoo Gang
ディーン・ハスケル
1988新・赤い河
Red River
コットンテレビ映画
1990BAD JIM
Bad Jim
Tom Jefferd
1992わたしを救けて/レスキュー・ミー!
Rescue Me
ギルバート保安官

テレビドラマ

公開年邦題
原題
役名備考
1958-1962ブロンコ
Bronco
ブロンコ・レーン主演、68エピソード
1959-1961アリゾナ・トム
Sugarfoot
ブロンコ・レーン2エピソード
1960マーベリック
Maverick
ブロンコ・レーン1エピソード
1961シャイアン
Cheyenne
ブロンコ・レーン1エピソード
サンセット77
77 Sunset Strip
1エピソード
1969海の冒険者
Riptide
モス・アンドリュース26エピソード

脚注

外部リンク

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