ダヴィデ・ニコーラ

ダヴィデ・ニコーラ(Davide Nicola、1973年3月5日 - )は、イタリア・ルゼルナ・サン・ジョヴァンニ出身の元サッカー選手、現サッカー指導者。エンポリFC監督。

ダヴィデ・ニコーラ
リヴォルノ監督時(2012年)
名前
ラテン文字 Davide Nicola
基本情報
国籍 イタリアの旗 イタリア
生年月日 (1973-03-05) 1973年3月5日(51歳)
出身地 ルゼルナ・サン・ジョヴァンニ
身長 177cm
選手情報
ポジション DF
ユース
イタリアの旗 ジェノア
クラブ1
年 クラブ 出場 (得点)
1992-2001 イタリアの旗 ジェノア 166 (4)
1993-1994 →イタリアの旗 フィデーリス・アンドリア 26 (0)
1994-1995 →イタリアの旗 アンコーナ 27 (0)
1998-1999 →イタリアの旗 ペスカーラ 7 (0)
2002-2005 イタリアの旗 テルナーナ 94 (5)
2004-2005 →イタリアの旗 シエーナ 15 (0)
2005-2006 イタリアの旗 トリノ 35 (1)
2006-2007 イタリアの旗 スペツィア 28 (0)
2007-2008 イタリアの旗 ラヴェンナ 14 (0)
2008-2010 イタリアの旗 ルメッツァーネ 49 (1)
通算 461 (11)
監督歴
2010-2012 イタリアの旗 ルメッツァーネ
2012-2014 イタリアの旗 リヴォルノ
2014 イタリアの旗 リヴォルノ
2014-2015 イタリアの旗 バーリ
2016-2017 イタリアの旗 クロトーネ
2018-2019 イタリアの旗 ウディネーゼ
2019-2020 イタリアの旗 ジェノア
2021 イタリアの旗 トリノ
2022-2023 イタリアの旗 サレルニターナ
2024- イタリアの旗 エンポリ
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj

経歴

選手

ジェノアのユースチームで育ち、プロデビュー後もジェノアやテルナーナなどでキャリアの大半をセリエBで過ごした。2004-2005シーズンに在籍したシエーナで唯一セリエAの舞台を経験し、リーグ戦15試合に出場。セリエBのトリノFCに在籍していた2005-2006シーズンの昇格プレイオフ決勝では、延長戦に得点を挙げクラブのセリエA復帰に貢献した[1]。2010年にレガ・プロ・プリマ・ディヴィジオーネ(3部)のルメッツァーネで現役を引退した。

監督

選手生活を終えたルメッツァーネで、2010年から指導者としてのキャリアをスタートした[2]。

2012年夏、セリエBのリヴォルノの監督に就任。初年度の2012-13シーズンは3位となり、さらに4チームによる昇格プレーオフも制して、クラブを3年ぶりのセリエAに導いた[3]。指導者として初のセリエAの舞台となった2013-14シーズンであったが、降格圏に沈み1月に解任[4]。シーズン終盤の4月に再び呼び戻されたものの、クラブをセリエBへの降格から救うことはできなかった[5]。

2014年11月17日、デーヴィス・マンジャの後任として、セリエBのバーリの監督に就任した[6]。初年度を10位で終え、続く2015-16シーズンも指揮を執ったが、2015年12月31日に解任された[7]。

2016年6月23日、イヴァン・ユリッチの後任として、セリエAに初昇格したクロトーネの監督に就任した[8]。初年度の2016-17シーズンは序盤から苦戦し、第29節を終えた段階で勝ち点は14ポイントしか獲得できず、19位で降格圏に沈んでいた。それでも、第31節にはインテルに勝利し、第34節にはミランに引き分けるなど着実に勝ち点を積み重ねると、18位で迎えた最終節ラツィオ戦に勝利したことで、エンポリと入れ替わる形で残留ラインの17位でシーズンを終えた。結果的に第30節以降の9試合で6勝2分1敗の20ポイントを積み上げる形で、クラブをセリエA残留に導いた。なお、4月にインタビューで「もしセリエAに残留できたら、クロトーネから故郷のトリノまでを自転車で縦断する」という旨を冗談交じりで公言していたために、実際にシーズン終了後の6月9日から9日間かけてクロトーネの本拠地スタディオ・エツィオ・シーダからトリノ近郊のヴィゴーネまでの1300kmの道のりを自転車で走破した[9]。翌2017-18シーズンも引き続きクロトーネの指揮を執ったが、第15節を終えて16位となっているなか、2017年12月6日に辞任した[10]。

2018年11月13日、フリオ・ベラスケスの後任として、セリエA17位のウディネーゼの監督に就任した[11]。就任後初の試合となったホームでのローマ戦には勝利したものの、その後は成績を立て直すことができず、ユヴェントスとナポリに4失点を喫して連敗したのち、2019年3月20日に解任された[12]。

2019年12月28日、ティアゴ・モッタの後任として、現役時代に長く在籍したジェノアの監督に就任した[13]。就任時にセリエAで最下位の20位に沈んでいたクラブを、新型コロナウイルスの流行でシーズンが一時中断される中、最終的には17位まで引き上げ1部残留に導いた。しかしシーズンオフ中の2020年8月26日にクラブを退団した[14]。

2021年1月19日、マルコ・ジャンパオロの後任として、降格圏に沈むセリエA18位のトリノの監督に就任した[15]。最終的に17位でシーズンを終えクラブを1部残留に導いたものの、5月28日にクラブはニコーラの退団を発表した[16]。

2022年2月15日、ステファノ・コラントゥオーノの後任として、セリエA最下位のサレルニターナの監督に就任した[17]。すると、4月16日のサンプドリア戦以降の7試合を4勝3分けで乗り切るなど、最終的に17位にまで順位を上げ、クラブを1部残留に導いた。シーズン終了後の6月3日、クラブと新たに2年間の契約を結んだ[18]。2022-23シーズン半ばの2023年1月15日に敵地で行われた第18節アタランタ戦で2-8の大敗を喫した翌日にはクラブから解任が発表されたが、その2日後には一転して続投が決定[19]。しかし、復帰後もリーグ戦4試合で1勝3敗の結果となるなか、2月15日に再び解任された[20]。

2024年1月15日、アウレリオ・アンドレアッツォーリの後任として、セリエA19位のエンポリの監督にシーズン終了までの契約で就任した[21][22]。

エピソード

2014年7月、自転車に乗っていた当時14歳の息子をバスとの交通事故によって喪った[23]。このこともあり、上述の2017年6月の自転車による9日間のイタリア縦断は、道路交通の安全への啓発も兼ねたものとなった[9]。

脚注

  1. “Torino, la notte dell'impresa batte il Mantova e torna in A” (イタリア語). La Repubblica (2006年6月11日). 2022年5月7日閲覧。
  2. “Nicola nuovo tecnico del Lumezzane” (イタリア語). TUTTOmercatoWEB.com (2010年7月13日). 2022年5月7日閲覧。
  3. “Livorno-Empoli 1-0. Toscani in serie A, gol promozione di Paulinho” (イタリア語). La Gazzetta Dello Sport (2013年6月2日). 2022年5月7日閲覧。
  4. “Livorno, esonerato Nicola. Arriva Perotti, ma i tifosi contestano: "Non so se accetto"” (イタリア語). La Repubblica (2014年1月13日). 2022年5月7日閲覧。
  5. “Livorno, Nicola: "Rosa inferiore alle altre, ma ci abbiamo provato fino in fondo"” (イタリア語). La Repubblica (2014年5月11日). 2022年5月7日閲覧。
  6. “Bari, ecco Nicola: "Ho fame di successi, ma ora usciamo da questa situazione"” (イタリア語). La Gazzetta Dello Sport (2014年11月18日). 2022年5月7日閲覧。
  7. “Bari, esonerato Nicola. Ufficiale Camplone: "Squadra di qualità, faremo grandi cose"” (イタリア語). La Repubblica (2015年12月31日). 2022年5月7日閲覧。
  8. “Crotone, Nicola nuovo allenatore: La scelta migliore” (イタリア語). La Repubblica (2016年6月23日). 2022年5月7日閲覧。
  9. “Crotone, Nicola mantiene la promessa: è arrivato in bici a Torino” (イタリア語). La Repubblica (2017年6月18日). 2022年5月7日閲覧。
  10. “Crotone shock, Nicola si è dimesso. La decisione è ufficiale: ecco il comunicato” (イタリア語). La Gazzetta Dello Sport (2017年12月6日). 2022年5月7日閲覧。
  11. “Davide Nicola è il nuovo allenatore dell'Udinese” (イタリア語). Udinese Calcio (2018年11月13日). 2022年5月7日閲覧。
  12. “Nota ufficiale sulla guida tecnica” (イタリア語). Udinese Calcio (2019年3月20日). 2022年5月7日閲覧。
  13. “DAVIDE NICOLA E’ IL NUOVO TECNICO” (イタリア語). Genoa CFC (2019年12月28日). 2022年5月7日閲覧。
  14. “IL SALUTO A MISTER DAVIDE NICOLA” (イタリア語). Genoa CFC (2020年8月26日). 2022年5月7日閲覧。
  15. “Davide Nicola allenatore del Toro” (イタリア語). Torino FC (2021年1月19日). 2022年5月7日閲覧。
  16. “Grazie Nicola” (イタリア語). Torino FC (2021年5月8日). 2022年5月7日閲覧。
  17. “DAVIDE NICOLA È IL NUOVO ALLENATORE DELLA SALERNITANA” (イタリア語). U.S.Salernitana 1919 (2022年2月15日). 2022年5月7日閲覧。
  18. “DAVIDE NICOLA RINNOVA CON L’U.S. SALERNITANA 1919” (イタリア語). U.S.Salernitana 1919 (2022年6月3日). 2022年6月25日閲覧。
  19. “La Salernitana ha deciso, Nicola torna in panchina: "Credo in questo progetto"” (イタリア語). Sky Sport (2023年1月18日). 2023年2月22日閲覧。
  20. “COMUNICATO STAMPA” (イタリア語). U.S.Salernitana 1919 (2023年2月15日). 2023年2月22日閲覧。
  21. “Davide Nicola è il nuovo allenatore dell’Empoli” (イタリア語). Empoli FC (2024年1月15日). 2024年4月9日閲覧。
  22. “Empoli, Nicola è il nuovo allenatore al posto dell'esonerato Andreazzoli” (イタリア語). Sky Sport (2024年1月15日). 2024年4月9日閲覧。
  23. “Davide Nicola, che tragedia. Incidente in bici: muore il figlio 14enne” (イタリア語). La Gazzetta Dello Sport (2014年7月14日). 2022年5月7日閲覧。

外部リンク

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