ティヤ
ティヤ (Tiya) はエチオピア南西部の中部エチオピア州にある町。首都アディスアベバからは南西方向におよそ230kmの所に位置している。2007年国勢調査によるとティヤ町の人口は1,937人(男性906人、女性1,031人)である[1]。
| ティヤ | |
|---|---|
![]() ティヤ(2002年) | |
| 位置 | |
![]() ティヤ ティヤ (エチオピア) | |
| 行政 | |
| 国 | |
| 州 | 中部エチオピア州 |
| 県 | グラゲ県 |
| 町 | ティヤ |
| 人口 | |
| 人口 | (2007年[1]現在) |
| 町域 | 1,937人 |
| その他 | |
| 等時帯 | 東アフリカ時間 (UTC+3) |
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|---|---|---|---|
![]() ティヤの石碑群 | |||
| 英名 | Tiya | ||
| 仏名 | Tiya | ||
| 登録区分 | 文化遺産 | ||
| 登録基準 | (1), (4) | ||
| 登録年 | 1980年 | ||
| 公式サイト | 世界遺産センター(英語) | ||
| 地図 | |||
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| 使用方法・表示 | |||

剣のようなものが描かれた石碑
世界遺産
概要
最初の石碑は1905年にフランス人の考古学者が発見した。その後、1976年の調査までに墓所なども見つかり、ティヤ村を含むソド地方(the region of Soddo)一帯で160をこえる石碑が発見された。大きいものは5メートルを超え、石碑の多くには剣や人面のようなレリーフが刻まれている。
石碑を刻んだのはエチオピアの先住民たちと推測されているが、彼らが牧畜を行っていたらしいこと、レリーフを金属器で刻んだらしいことなどがわずかに解明されているのみで、レリーフに込められた意図などは未解明のままである。墓が近くで見付かっていることから、何か葬礼に関するものではないかとも推測されている[2]。
脚注
- “The 2007 Population and Housing Census of Ethiopia: Statistical Report for Southern Nations, Nationalities and Peoples’ Region” (pdf). エチオピア人口調査委員会. pp. Chapter II 11. 2023年9月3日閲覧。
- http://whc.unesco.org/archive/advisory_body_evaluation/012.pdf
- 「ティヤの石碑群」を使っている文献として、『世界遺産を旅する・第12巻(エジプト・アフリカ)』(近畿日本ツーリスト、1999年)や『世界遺産検定公式テキスト(1)』(毎日コミュニケーションズ、2008年)など。
参考文献
- ユネスコ世界遺産センター(監修)『ユネスコ世界遺産 (12) 中央・南アフリカ』講談社、1997年
- 中川武 三宅理一 山田幸正(監修)『世界遺産を旅する・第12巻(エジプト・アフリカ)』近畿日本ツーリスト、1999年
外部リンク
- 駐日エチオピア大使館の世界遺産紹介(日本語)
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