デレック・バートン

サー・デレック・ハロルド・リチャード・バートン(Sir Derek Harold Richard Barton、1918年9月8日-1998年3月16日)はイギリス化学者。立体化学を開拓した人物として著名。彼は1969年、オッド・ハッセルと共に研究「立体配座の概念の発展と化学への適用」の功績でノーベル化学賞を授与された。

Sir
Derek Barton
デレック・バートン
生誕 Derek Harold Richard Barton
(1918-09-08) 1918年9月8日
イギリスの旗 イギリス ケント
死没 1998年3月16日(1998-03-16)(79歳)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 テキサス州カレッジステーション
国籍 イギリスの旗 イギリス
研究機関 インペリアル・カレッジ・ロンドン
テキサスA&M大学
バークベック・カレッジ
出身校 インペリアル・カレッジ・ロンドン
博士課程
指導教員
イアン・ヒールブロン
主な業績 バートン反応
主な受賞歴 ノーベル化学賞(1969)
ロイヤル・メダル(1972)
コプリ・メダル(1980)
プロジェクト:人物伝
ノーベル賞受賞者ノーベル賞
受賞年:1969年
受賞部門:ノーベル化学賞
受賞理由:分子の立体配座概念の確立

生涯

イギリスのグレーブゼンドに生まれた。1938年にロンドン大学インペリアル・カレッジに入学し、1940年に学士修得。1942年には有機化学分野でPh.D.博士相当)の学位を修めた。同年から1944年まで政府所属の化学者として働き、1945年まではバーミンガムでアルブライト・アンド・ウィルソン社に勤務しつつ大学の助教授も務めた。1946〜1949年はインペリアル・ケミカル社に勤務。1949年からハーバード大学で1年間天然物化学の客員講師を経て有機化学部長に就任。1953年からはバーベック・カレッジ、ロンドン大学の教授、1955年からはグラスゴー大学で有機化学の欽定教授、1957年からはインペリアル・カレッジの教授を歴任した。また、王立協会会員には1954年[1]、エディンバラ王立協会(Royal Society of Edinburgh)会員には1956年に選ばれている。

1958年からは活動の拠点をアメリカに移し、マサチューセッツ工科大学の客員教授に就任。同年ケンブリッジにRIMAC研究所(Research Institute of Medicine and Chemistry)を設立し、活性コレカルシフェロールの合成、三級炭素(Tertiary carbon)やステロイド類のフッ素化などを研究した。これらの研究の中には危険を伴うものもあり、爆発が起こっても累が及ばないよう屋上に設けられた小屋で実験されたものもある。1959年にはイリノイ州ウィスコンシン州の大学の客員講師となった。1965年、彼は科学政策会議の議員ともなっている。

1972年、イギリス政府からナイト爵を授かったが[2]、国際的に活動する彼を「サー・デレック」と呼ぶのはイギリス人くらいだった。1978年にはフランスに渡り、ジブシュールイベット天然物化学研究所の所長に就任した。1986年からはふたたびアメリカでテキサスA&M大学で特別名誉教授(Distinguished Professor)となった。1991年3月22日、中国科学院より名誉博士号を授与された。その7年後、彼は世を去った。生涯3度結婚したが、子供を授かったのは最初の妻との間だけだった。

業績

1950年バートンは、オッド・ハッセルに代表される物理化学分野での研究成果を元に、有機分子が配座異性体構造を持つことを示唆した。これはシクロヘキサンのアキシアルとエカトリアル分類として纏められ、この概念は多くの有機分子構造を理解する方法として用いられた。

受賞歴

出典

  1. "Barton; Sir; Derek Harold Richard (1918 - 1998)". Record (英語). The Royal Society. 2012年3月25日閲覧
  2. "No. 45678". The London Gazette (Supplement) (英語). 23 May 1972. p. 6255. 2012年3月25日閲覧

資料

外部リンク

This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.