トマス・ノエル (第2代ウェントワース子爵)

第2代ウェントワース子爵トマス・ノエル(英語: Thomas Noel, 2nd Viscount Wentworth、1745年11月18日 – 1815年4月17日)は、イギリスの貴族、政治家。トーリー党所属[1]。

生涯

初代ウェントワース子爵エドワード・ノエルとジュディス・ラム(Judith Lamb、1725年1月10日 – 1761年12月3日、ウィリアム・ラムの娘)の息子として、1745年11月18日に生まれ、12月21日にカークビー・マロリーで洗礼を受けた[2]。1757年から1763年までイートン・カレッジで教育を受けた後[3]、1763年11月4日にオックスフォード大学ブレーズノーズ・カレッジに入学、1766年4月29日にM.A.の学位を、1773年7月7日にD.C.L.の学位を修得した[4]。

1774年イギリス総選挙でレスターシャー選挙区から出馬して当選したものの、その11日後の1774年10月31日に父が死去して、ウェントワース子爵を継承することとなったため、庶民院議員に就任することはなかった[3]。

1788年2月2日、メアリー・ヘンリー(Mary Henley、1814年6月29日没、初代ノーティントン伯爵ロバート・ヘンリーの娘)と結婚した[2]。

1815年4月17日に死去、28日にカークビー・マロリーで埋葬された[2]。後継者となる息子がおらず、ウェントワース子爵の爵位は断絶したが、ウェントワース男爵の爵位は妹ジュディス(1822年没)と妹ソフィア・スザンナの息子ナサニエル(1856年没)に継承権があったため停止状態(abeyance)となった[2][1]。1856年11月12日にナサニエルが死去すると停止状態が解消され、ジュディスの娘アンが爵位を継承した[1]。

出典

  1. "Wentworth, Baron (E, 1529)". Cracroft's Peerage (英語). 22 June 2016. 2019年10月19日閲覧。
  2. Cokayne, George Edward, ed. (1898). Complete peerage of England, Scotland, Ireland, Great Britain and the United Kingdom, extant, extinct or dormant (U to Z, appendix, corrigenda, occurrences after 1 January 1898, and general index to notes, &c.) (英語). Vol. 8 (1st ed.). London: George Bell & Sons. pp. 99–100.
  3. Brooke, John (1964). "NOEL, Hon. Thomas (1745-1815).". In Namier, Sir Lewis; Brooke, John (eds.). The House of Commons 1754-1790 (英語). The History of Parliament Trust. 2019年10月19日閲覧。
  4. Foster, Joseph, ed. (1891). Alumni Oxonienses 1715-1886 (英語). Vol. 3. Oxford: University of Oxford. p. 1026.
グレートブリテン議会
先代
サー・トマス・ケイヴ準男爵
サー・ジョン・パルマー準男爵
庶民院議員(レスターシャー選挙区選出)
1774年
同職:サー・ジョン・パルマー準男爵
次代
サー・ジョン・パルマー準男爵
ジョン・ピーチ=ハンガーフォード
グレートブリテンの爵位
先代
エドワード・ノエル
ウェントワース子爵
1774年 – 1815年
断絶
イングランドの爵位
先代
エドワード・ノエル
ウェントワース男爵
1774年 – 1815年
停止
次代の在位者
アン・バイロン
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